脳を知る・創る・守る
脳の世紀を目指して
伊藤 正男
理化学研究所国際フロンティア研究システム・システム長
人間の心に迫る私も今日の講演をたいへん印象的に聞かせていただきました。脳の研究は重要であるといわれながら非常に難しく、これまでなかなか進展しませんでした。それがいっせいに足並みがそろって進みだしたという感じがします。
ところで、脳の研究自体が非常に異質な内容をもっています。精緻な物質系としての性格をもち、これを分子・細胞レベルでどんどん追求していくという大きな流れがあります。その一方では、高度の情報系としてとらえることができます。脳はたくさんの神経細胞が集まって複雑な情報系を構成しているため、物質系とはまったく別の観点から追求していく必要があります。物質系としての研究は比較的いろいろなテクノロジーがよくそろって軌道にのってきていますが、情報系としての脳とコンピュータ100神経難病の根絶に向けて自治医科大学吉田 充男研究はまだ少し難しいという感じがします。同様のことが現在の自然科学全般の背景についてもいえそうですが、今後とも両者の見方が車の両輪のようになって進展しなければならないと痛感しています。
物質系としての脳、情報系としての脳という形で研究が進んでいきますが、その先に、やはり脳が担っている人間の心の問題があります。人間の心については、従来、自然科学のテーマだとは誰も考えていませんでした。今期(第一六期の日本学術会議において『脳の科学と心の問題』という重点課題が採択され、大熊先生を委員長とする特別委員会で審議することになりました。その課題を審議する際に、医学系からは単純に考えて『脳と心の科学』というテーマで提案しました。ところが、哲学系の先生から「脳の科学はあるが、心の科学というのはないはずだ」というたいへん強硬なクレームがつきました。そこで『脳の科学と心の問題』におちついたわけです。
心の問題は、従来、自然科学の範囲からはみでているもので、哲学ないし心理学の問題とされてきました。しかし、脳の研究がどんどん進んでくると、いずれそこにぶつかります。いずれというよりも、最近、そこに話がかなり進んでいます。以前のように、心の問題は知らないというわけにはいかなくなりました。脳の科学で物質系・情報系としての研究が進んでいるなかで、まだしっかりしたアプローチ方法もよくつかめていない心の問題が、むしろ興味のある、将来の大きな問題として登場してきました。
心の問題は言い換えると、われわれの意識、自意識の問題となります。どうしてこれが難しいのかというと理由は二つあります。一つは客観的に測定できないということです。(以下本文へ)