脳血管障害による「神経細胞死」の予防と治療
脳における「神経細胞死」とは特別な意味をもっている。脳の細胞の死に方はけっして一様ではない。虚血などの侵襲によって脆弱性を示す特定な部位の細胞があることが知られている。海馬、基底核、小脳、あるいは大脳皮質などの細胞である。これらの細胞は脳のなかでも記憶や学習などの高次機能に関連しているという特徴をもつ。したがってこの特定な部位の細胞死は記憶障害や痴呆をもたらすもので、細胞死の病態を解明しその防御法を開発することは痴呆症の予防や治療に直接つながる研究で、まさに21世紀の医療の中心となるべき課題といえる。以下に本総説に寄せられた各研究者の成果のうち、特に虚血性神経細胞死についてその中核となる部分や相互の研究の関連について概説する。
脳血流の低下、低酸素や低血糖などの脳血管障害から神経細胞死にいたる過程の詳細についてはいまだブラックボックスのままである。
しかし脳血管障害の直後から神経末端とおそらくグリア細胞から大量にグルタミン酸が放出され、その結果として細胞内にカルシウムが蓄積する。その後の一連のカスケードによってやがて細胞死にいたるというのが主流の考えとして多くのコンセンサスを得ている。グルタミン酸放出後、どのような経路でカルシウム流入が起こるのか。いくつかのルートがあるとされているが、ひとつは脱分極による電位依存性のカルシウムチャネル(VCC)の開口によるもの、他はグルタミン酸受容体を介するものであるが、これにはNMDA型受容体とAMPA型受容体がある。従来からカルシウムを透過させることが知られているNMDA型受容体の他に、AMPA型受容体を介するカルシウムの流入のあることが、特に虚血後のサブユニットの変化との関連で知られている1)。
渡辺雅彦らは新しい手法を用い、グルタミン酸受容体の可視化を試みた。海馬錐体細胞のようにシナプス後膜に受容体の密集する組織(PSD)などの構造が障害となって従来の免疫学的手法では困難であった受容体サブユニットに特異的な抗体を作成するために、ペプシンによる蛋白質消化作用を利用した。ペプシンの適度の分解作用後に抗体の浸透性が増すことを利用して可視化の精度の向上に成功したのである2)。この手法により得られたグルタミン酸受容体サブユニットの強い免疫染色像について虚血前後の海馬CA1錐体細胞で調べた。6種知られているAMPA型受容体サブユニットのうちGluRα2(GluRB)はカルシウム非透過性であり、他はすべてカルシウム透過性である。渡辺らはスナネズミを用い一過性虚血後に起こる海馬CA1領域のGluRα1とGluRα2の免疫染色像を観察し、α1とα2が粗大な受容体クラスターを形成していることを見出した。この結果はおそらくα2サブユニットのもつカルシウム非透過の機能が失われ、虚血後の細胞内のカルシウム蓄積が生じやすくなるものと推定される。これは上記のGluR2仮説1)につながる変化と考えられる。
13 オーバービュー
脳血管障害ノックアウトマウス・スナネズミグリア細胞NOグルタミン酸mGluRGluRトランスポーターシグナル伝達 核プロテアーゼPET海馬スライスペプチドVDCCCa2+ 神経細胞死ベクター導入 Aβ(6)(5)(4)(3)(2)(1)図1 脳血管障害による神経細胞死における各研究グループの相互関連を示す。(以下本文へ)