日本美術品の保存修復と装コウ技術 その弐
はじめに
私たちの高知県立紙産業技術センターでは、外部からの依頼をうけて繊維組成試験を行っています。紙を構成している繊維の種類や配合割合を知るためのもので、JIS(日本工業規格)をもとに行っています。主に製紙業界からの依頼で、紙をつくる際の参考にしたり、紙生産の原価を算出するための資料として利用されているようです。
昭和50年代に、東京国立文化財研究所の現在、修復部長である増田勝彦さんから、古代の紙について一緒に研究しないかというお誘いがありました。2度目におあいしたとき「紙を濡らして叩いたらどうなりますか」ときかれました。そのようなことは考えたことがなかったため興味深く思い、それ以来、増田さんのお手伝いをするようになりました。
そして、昭和58年ごろから文化財の修復工房から繊維組成試験を依頼されるようにもなりました。当初は少ない件数でしたが、平成7年度は120件に増加し、これまでに600件以上観察してきました。そのなかには、従来の通説とは異なる結果となった場合もあります。それらの古紙に関する研究成果の一部は『保存科学』20、22、24号で発表しています。これらの研究や繊維調査を行ってきたなかで気づいた点を、ここでは報告することにします。
古紙の繊維調査和紙の主な原料である楮こうぞ、雁がん皮ぴ、三みつ椏またなどでつくられた紙は、それぞれ繊維長など繊維形態が異なっているため、できあがった紙は原料に対応したものとなります。そのため、修復の仕事に携わっている方たちは、慣れてくると、経験上、紙の肌合いや触感などから、原料を推定できるようになります。このような推定ができるのは、和紙を日常使用し、和紙工房などの見学を通じて紙を観察し、その上で判断しているからだと思われます。
しかし、奈良時代の和紙を調べると、繊維が2mmほどに短く切断されていたり、1mm以下の繊維を使用している例があります。そのような発想は、現代の手漉和紙技術にはありません。このような短い繊維は、臼による叩解を行わなければならず、繊維はフィブリル化し、現在の流し漉きの方法の紙料としては都合が悪いものとなり、溜め漉き用の紙料としてつくられたものと考えられます。
また、現在忘れられている技術に、紙を湿らせて重ね、槌で叩く「打うち紙がみ」と呼ばれる技術があります。打つことによって、紙の表面が滑らかになって、雁皮の紙か楮の紙か、三椏の紙か区別することができなくなります。この打ち紙によって紙の密度は高くなり、光沢がでて、平滑性は向上し、吸水性が少なくなります。
紙表面が平滑になり、字が書きやすく、墨でゆっくり書いてもにじまなくなります。
このように、奈良時代、平安時代と現代では、紙づくりの方法や加工法が違っているため、外観だけで繊維の種類を推定することは難しいと思われます。本来ならば、表面観察のみの非破壊で繊維の種類や配合割合などを分析することができれば理想的ですが、現在では困難です。極微量の繊維を採取して、顕微鏡下で観察しなければ、正確な判断はできないと思われます。(以下本文へ)