文化財の保存と修復 4−歴史遺産と環境
文化財の保存と修復(4)
私が京都・北白川にある京都造形芸術大学に勤めた最初の年に、文化財保存修復学会の第21回大会が、私どもの大学にある歴史遺産学科のなかの文化財保護修復コースの教授である内田俊秀先生と岡田文男先生が担当されて、開催されました。私は出張中でその学会に参加することができませんでしたが、本日は、基調講演の演者としてここにお招きいただき、たいへん恐縮しております。
私は歴史に興味をもち、また環境問題にも関心をもっています。しかし、特に文化財保存に関して考えたことはありませんでした。本日の話は歴史に関するものですが、歴史遺産にはどれぐらい関係するか少しおぼつかないところです。とにかくまず、18世紀後半の日本とヨーロッパについて比較してみようと考えました。
18 世紀後半から19 世紀初めにかけてのスペインの画家、ゴヤが『寒波』という有名な油絵を描いています(図1)。現在、マドリッドのプラド美術館が所蔵していますが、縦2m75cm、横2m93cmという大きな絵です。ゴヤが40歳のころ、1786年から87年、あるいは87年から88年にかけて制作したといわれている『四季』の連作のなかの1枚です。これほど厳しい寒さを絵にした作品は、世界にも例がないと思います。
学会の方々に気をつけていただきたいのですが、寒冷期、小氷期ともいわれたりするような寒い季節が、どれくらい絵に描かれて残っているでしょうか。
これから、ときどき思いだして探っていただきたいと思いますが、ゴヤの絵は、ひとつの極端な、そして見事な例だと思います。
ゴヤは1746 年に、バルセロナより北に位置するアラゴン地方のサラゴッサで生まれました。私はずっと昔、初めてスペインを旅行したとき、パリからトゥールーズ、ペルペニャンなどを経てバルセロナにいき、バルセロナから北上してサラゴッサの町を通ってマドリッドにいきました。当時はサラゴッサの近くの小さな村がゴヤの故郷だとは知りませんでした。しかし、今でも、まことに荒涼とした風景が印象に残っています。アフガン戦争の報道で写しだされるような、ほとんど裸の山と野原、荒涼たる砂漠や岩山のような感じの景観がアラゴンあたりに続いていました。その故郷の記憶もあって、ゴヤは『寒波』を描いたのだと思います。
背景にはアラゴン地方の山が描かれ、そこからピレネーおろしが吹きつけてくるなかを、農民が3 人、頭から頭巾をかぶり、毛布か南京袋のようなものを羽織っています。もうひとり、小さなロバを牽く男がいます。そのロバには、同じぐらいの大きさの殺された豚がつけてあります。貴重な食糧として村に運んで帰るところかもしれません。先頭には鉄砲を抱えた猟師のような男がひとり、寒さに逆らいながら進んでいます。(以下本文へ)