文化財の保存と修復 5−世界に活かす日本の技術
文化財の保存と修復
うつぶせの石像を起こす
沢田 正昭
独立行政法人文化財研究所奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長
太平洋に浮かぶ楽園の島、タヒチとチリ国・サンチャゴとの間のほぼ真ん中にイースター島はあります。この島に12 年ほど前からでかけており、世界文化遺産に登録されたモアイ石像の保存修復に携わってきました。
小豆島ほどの大きさのイースター島には、唯一のラノララクという火山性の凝灰岩からなる山があります。この山から800体とも1,000 体ともいわれているモアイ石像を切りだしていました。この山のすそ野には今もたくさんのモアイ像が点在しており、制作途上のモアイ像や搬出の途中で放置したままのものなど、あたかも18世紀の時計が止まったような光景を呈しています(図1)。ラノララクの火口の周りにも数多くの石像が点在しています。モアイ像は山の斜面に仰向けの状態で彫りだされていました(図2)。
1955 年に、ノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールが考古学者を連れてこの島を訪れた際、石像の多くはうつぶせの状態で倒れていたと報告しています。
その報告どおり、ほとんどの石像はうつぶせの状態になっています(図3)。その理由として、部族間の争いでお互いの象徴である偶像を倒したため、ヨーロッパ人たちが破壊したためなどといわれています。人為的に倒した石像であれば、そこに何らかの歴史的な意味があるので、むやみに再起立させることは必ずしも好ましいことではありません。私どもが修理した、島で最大のアフ・トンガリキ遺跡は、1960年に発生したチリ地震による津波でことごとく破壊された遺跡です。
この遺跡では、まず、全容を確認するためにアメリカ・日本・チリの考古学者が合同発掘調査を行いました。遺跡は大きく2つの時期にわけられることを確認し、比較的古い時期の遺跡を復元することにしました。発掘調査では初期の古いタイプのモアイ像の頭部や神を象徴する石造品なども多数発見されました(図4)。
アフ・トンガリキ遺跡のモアイ像の多くは、倒れたときの衝撃で首の部分から破断していました。まず、クレーンを使って胴体を起こし、さらに頭部を吊りあげたままの状態で接合することになりました。10トンもの石像を宙吊りのままで接合部をあわせるのは容易ではありません(図5)。また、破断面はすでに風化して摩耗しており、接合面には微妙に隙間ができていました。その隙間図4 発見された古い時期のモアイ像図5 宙吊り状態での接合作業(口絵カラー参照)(以下本文へ)