第12回「大学と科学」生物に学ぶマシン−柔らかく優しく動く機械−
はじめに
私は医学関係者を代表して、生物のような機械への期待と夢、現実を織り交ぜて紹介することにします。
地球上にいるさまざまな生物は、それぞれ生き残るために進化を重ねてきました。その最たるものがヒトと考えられていますが、多くの生物はわれわれを超える能力をもっています。私は医者として採血する機会が多く、患者さん、特に子供の患者さんに注射器を向けると、多くの場合、嫌がられます。カのように静かに、痛みを与えずに採血することができれば素晴らしいことです。マイクロマシニングの技術で痛みを感じさせないほど細い注射針が実現できれば、医者は嫌われないですみます。医者をみると子供が笑いながら駆け寄ってくるような時代になるのではと、淡い期待を寄せています。
生物のように柔らかく優しく動く機械は、人類に多くの可能性をもたらしてくれます。
ある種の生物のように、空を自由に飛んだり、花の所在をつきとめてたどり着く能力、地震の予知能力、水中での信号の交換、水面の滑走、前述のカが血管の所在を判断して無痛吸血するなど、人間の能力を超えた多様な機能をもつ複雑なシステムの解明とその模倣の実現は、特に医療面への大きな道を開いてくれるものと期待されます。
現段階の医療は、診断、治療、予防に大きくわけられます。この方面への生物のような機械の応用について考えてみます(表1)。そのアプローチは、分子レベル、細胞レベル、組織レベル、臓器レベル、個体レベルとして分類すると考えやすくなります。
治療面への期待
疾患の有無とその重症度の診断には、臓器の形態異常、機能異常などの生体情報の把握が必要となります。生体情報の計測には、図1 のように安全性と無侵襲性、あるいは低侵襲性、無拘束性、測定精度、連続性、経済性などが必要となります。特に、痛くなく、正確な計測値がえられることが検査法の理想です。そのなかで、血液はヒトの脳をはじめ肝臓、腎臓など全身を循環しているため、体内のさまざまな情報を含んでおり、血液検査は今後とも診断に不可欠な要素となっています。
アルコールを飲みすぎたときに検査すると、血中にもそのことを示す状態が現れます。腎臓の調子も、血液検査で知ることができます。
採血のための痛みと失血が特に幼少児で問題となるので、微量で痛くない採血法が望まれています。まさしく、カやノミの吸血行為が無痛性であり、これに超微量で検査できるセンサがあれば理想の実現となります(図2)。
さらに夢を語れば、この採血ユニットと検査ユニットが常時生体内にあって、連続的に、あるいは時間ごとに計測値を経皮的に送信してくれれば理想的です。(以下本文へ)