第12回「大学と科学」神経難病への挑戦−神経細胞を死から守るため−
はじめに
神経難病という言葉を文字通り解釈すると「神経系に起こった難しい病気」ということになり、際限がなくなります。病気は皆難しいからです。そこで、ここでは病気の原因がわからず、治療法も確立していない神経系の病気、いわゆる神経変性疾患のことを“神経難病”と呼ぶことにします。
この神経変性疾患には、アルツハイマー病やパーキンソン病、脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症、シャルコー・マリー・トゥース病、デュシャンヌ型筋ジストロフィーなど、さまざまな病気があります。これらの共通点は、臨床的には慢性進行性の経過を示し遺伝性を示すことが多いということと、病理学的には神経細胞をはじめとして細胞が変性・脱落することです。興味深いことは、死んでいく細胞に著しい選択性があることで、病気ごとにそれぞれ異なる部位に病変の主座をもちます(図1)。
この大きな謎に対する挑戦は、この十数年の間に、主として分子生物学などの著しい技術革新のおかげで大きな成果をあげてきました。なかでも、神経細胞の生死にかかわる機能分子についての研究がおおいに進み、分子の言葉で病気を語ることができるようになってきました。特に、平成6 年度から3 年間にわたって採択された文部省重点領域研究『脳細胞の選択的死と機能分子』班では、単一遺伝子の異常による神経変性疾患と、パーキンソン病などの外因による神経変性疾患における選択的神経細胞死の機構を分子から解明するとともに、細胞死を防御する機能分子に関する基礎研究を精力的に推進してきました。ここでは、その進展の一部を紹介することにします。
アポトーシスとネクローシスこのような神経変性疾患に共通することは、神経や筋肉などの細胞が死ぬことですが、神経細胞がどうして死ぬのでしょうか。
それを救うためにはどのようにすればよいのでしょうか。
神経細胞は血液中の糖であるグルコースをエネルギー源としているため、約7 分間、脳への血流が止まると、場合によっては生きていけなくなります。また、神経細胞は一度壊れると生き返りませんし、分裂できない細胞です。したがって、人間の寿命を80 年間とすると、その間、1 個の神経細胞がそのまま生き続けることになります。ある意味では非常にしぶとい細胞であるといえますが、その反面、ちょっとしたことで死んでしまいます。
神経細胞に限らず普通、細胞が死ぬ場合、その形態から、アポトーシスとネクローシスの2 種類に分類できるとされています(図2)。正常な細胞の膜透過性が変化したり、エネルギーをつくるミトコンドリアに傷害が生じて、細胞やミトコンドリアがふくらんで崩壊するのがネクローシスです。それに対して、細胞の核が萎縮して急に小さく変化して死にいたるのが、アポトーシスです。(以下本文へ)