第15回「大学と科学」タンパク質分解の不思議−こわれなくてもこわれすぎてもいけない−
タンパク質がこわれるとは?
鈴木 紘一
財団法人東京都老人総合研究所所長・東京大学名誉教授
本シンポジウムの主題は、タンパク質分解です。平成8年から文部省科学研究費補助金の特定領域研究『タンパク分解のニューバイオロジー』のプロジェクトが平成12 年3月に終わったことをひとつの契機として、このプロジェクトに関係された先生方を中心に関連分野の先生にも参加していただき、最新の研究成果を本シンポジウムで紹介していただくことになりました。私は、専門的な話の前段として、細胞内のタンパク質分解と細胞外のタンパク質分解の違いについて紹介します。タンパク質分解というと、多くの方は口から摂取した食物がたんに消化されるだけであり、生物学的には重要でないと考えられると思います。しかし、タンパク質の分解は合成と同様、きわめて複雑な過程で、生物の機能と密接にかかわっていることを、本シンポジウムを通じてご理解いただければ、シンポジウムを企画した者として幸いです。タンパク質分解とはタンパク質分解というと、多くの方は消化を思い起こされると思います。消化は細胞外でのタンパク質分解であり、本シンポジウムでの大きな主題となる細胞内でのタンパク質分解とは異なっています。ここでまず、タンはじめにパク質分解とは「ペプチド結合の切断をともなうタンパク質の修飾である」と定義し、切断にかかわる酵素をプロテアーゼ( タンパク質分解酵素)と呼んでいます。
このように定義すると、タンパク質が生まれてから死ぬまでのあらゆる過程に、タンパク質分解が作用しているといえます。タンパク質の「生」、すなわちタンパク質をつくる段階では選択的、限定的な分解反応( プロセッシング)が起こるのに対して、タンパク質の「死」につながる場合には不特定多数の非選択的なペプチド結合の切断が起こります。普通、タンパク質は前駆体のメチオニンから合成されますが、活性型タンパク質や機能型タンパク質の大部分がN末端にメチオニンをもたないことから、活性型タンパク質が生まれる段階でN末端領域のプロセッシング、あるいはメチオニンがとれる反応が起こることがわかります。これがタンパク質の「生」の段階です。つくられたタンパク質は最終的には分解されてアミノ酸やペプチドになります。これが狭義のタンパク質の「死」の段階です。通常、タンパク質分解というと両方の段階をさします。日本語で「タンパク質分解」というと、アミノ酸やペプチドに分解する過程に注目が集まるため、両者を意味する場合、“プロテオリシス”という英語をそのまま使用しますが、このプロテオリシスに相当する適切な日本語は残念ながらまだありません。細胞内のタンパク質分解の特徴細胞内のタンパク質分解には2つの大きな特徴があります( 表1)。第1は、タンパク質は固有の寿命をもつということです。例えば、もっとも寿命の短いタンパク質であるオルニチン脱炭酸酵素の半減期はわずか十数分であるのに対し、寿命が長いものでは半減期が数ヵ月にいたり、寿命の差は1万倍程度に達しています。このことは、タンパク質が選択的に分解されていることを示唆しています。それに対して、細胞外のタンパク質分解は、基質であるタンパク質と、これをこわすプロテアーゼがたんにぶつかることで起こりますが、この場合、選択性はほとんどありません。(以下本文へ)