第15回「大学と科学」生物と金属−金属イオンの生体内で働く仕組み−
私たちの生命活動に必要な金属イオンの役割
北川 禎三
岡崎国立共同研究機構統合バイオサイエンスセンター教授
私たちは文部省科学研究費『生体金属分子科学』をうけ、平成8年から4年間、共同研究を展開してきました。このプロジェクトには、1年目は67 名、2年目は58 名、3年目は58 名、4年目は50 名の研究者が参加しました。このプロジェクトの提案理由と私どもの取り組み、成果、学界への波及効果などについて紹介します。各先生方から詳しい話がありますので、その前座として全体的な話をすることにします。表1地球の構成元素ベスト・10 (井口洋夫著「金属の話 化学の話シリーズ<2 >」培風館、1995 より改変)元 素元素存在度(重量%)1 酸素O 46.6 2 ケイ素Si 27.7 3 アルミニウムAl 8.13 4 鉄Fe 5.00 5 カルシウムCa 3.63 6 ナトリウムNa 2.83 7 カリウムK 2.59 8 マグネシウムMg 2.09 9 チタンTi 0.44 10 水素H 0.14 10 種の合計で地球構成元素の99.15 重量% になる金属イオンと生活地球上に存在する元素のうち重量パーセントが多い元素から順に10 種選ぶと、表1に示すとおりで、それらで99.15 重量%を占めることになります。酸素とケイ素が圧倒的に多く、非金属元素は酸素とケイ素、水素の3種表2実用金属のクラーク数(存在量順)(井口洋夫著「金属の話 化学の話シリーズ<2 >」培風館、1995 より)金 属重量%アルミニウムAl 8.23 鉄Fe 5.63 チタンTi 0.57 ニッケルNi 0.0075 亜鉛Zn 0.007 銅Cu 0.0055 鉛Pb 0.00125 スズSn 0.0002 タングステンW 0.00015 水銀Hg 0.000008 銀Ag 0.000007 金Au 0.0000004 白金Pt −アルミと鉄を除くと、残りは地球構成元素の0.85 重量% 16 私たちの生活と金属イオン類だけです。残り7種類は金属元素で、そのうち鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムは生体に含まれています。アルミニウムは食物からはあまり吸収されないため問題はありませんが、腎臓透析などで直接血管にはいると深刻な問題を誘発しますし、脳に蓄積すると痴呆症の原因となり、骨に蓄積すると骨軟化症を誘発します。その一方で薬効があり、例えばスクラファーという抗潰瘍剤に含まれています。第9位のチタンはレーザープリンタの心臓部であるヘッドに使用されています。それ以外に最近、強い酸化力を有する酸化チタンが注目されています。酸化チタンには光触媒作用があり、蛍光灯の光でも酸化して殺菌効果を示すことから、壁やタイルなどに混ぜ込み、抗菌処理剤として使われています。また、酸化チタンをシーツに塗ると、細菌を殺すので床ずれを起こしにくくなります。トンネルの電灯のカバーガラスに塗布しておくと、排ガスに含まれている炭化水素が付着しても、光と酸化チタンの作用により二酸化炭素に変換されるため、ガラスの汚れを防ぐことができます。実用金属の視点見方をかえて、地球表面から16km の深さまでに存在する金属元素の量を重量パーセントで表した数字をクラーク数と呼びますが、それを表2に示します。アルミニウムおよび鉄のクラーク数が大きく、この2種を除いた残りの実用金属は、地球の構成元素の0.85 重量%にしかなりません。東海道新幹線の青色塗料としては銅フタロシアニンが使われています。蛍光灯のガラス内部の塗料には亜鉛、ニッケル、アルミニウムが使用されています。このように実用されている金属は多いものの、構成元素としての存在量は多くありません。
ちなみに、表2において、鉄、ニッケル、亜鉛、銅、タングステンは生物に含まれていますが、それらには悪い作用もあります。例えば、アルツハイマー病では、アミロイドタンパク質のβ ペプチド部が会合して分子量が大きくなり、水に溶けなくなるため脳に蓄積します。このとき、亜鉛は分子間の会合を助ける糊の働きをはたしています。銅も同じように働くことが分子レベルの研究で明らかになっています。一方、水銀や銀、金、白金といった貴金属は薬としても利用されています。金属イオンの生体機能ここで、周期律表の金属元素をながめてみます。図1では、生命体に含まれる金属元素を濃い斜線、生体に常時含まれていないが薬Na Mg K V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Y LaBa Hf Ta W d-ブロック 遷移金属元素 :常に含まれる :薬に使われる として使われる金属元Ca Sc Ti Zr Nb Mo Tc Ru Rh Pd Ag Cd Re Os Ir Pt Au Hg 素を薄い斜線で表しています。その図からわかるように、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウムは重要です。ナトリウムとカリウムは正電荷をもち、神経の情報伝達図1生体に重要な金属元素に働いていますし、細私たちの生命活動に必要な金属イオンの役割17