第15回「大学と科学」現代の匠が創る未来物質
新しい有機化学反応の発見のススメ
村井 眞二
大阪大学大学院工学研究科教授
発見は新しい領域を切り開く現代の科学・技術の発展には目をみはるものがあり、これらの発展は私たちの生活や健康にさまざまな恩恵を与えています。この発展を支えてきた化学や物理学、生物学といった基礎的な学問も、やはり大きく進歩してきました。なかでも、物質を扱う化学は、およそ物質の存在するところであれば、物理学や生物学の領域とされるところでも、重要な役割をになっています。あらゆる物質の仕組みを理解し、また新しい物質を創造することができる学問・技術としては化学をおいてほかになく、今後とも化学は、自らが発展を続けると同時に、ほかの領域の発展をも支え続けていくことになります。
科学の歴史を振り返り、その発展をもたらしてきたものを考えると、2つの要素をあげることができます。第1は、いうまでもなく人間の英知です。第2は学術上の発見です。化学の分野では、物理学や生物学に比べて発見の頻度が高く、発見がもたらす恩恵も多くなっています。なぜそうなのかを考えるためには、化学という学問・技術の特徴を整理する必要があります。
化学の最大の特徴は多様性です。すなわち基調講演問題とする場合の数が多く、これは事実上無限ともいえます。何種類もある原子が組合さって分子をつくり、物質をつくるわけですが、その組合せが無限にあります。場合の数が無限にあるため、整理がつく範囲はかぎられてしまいます。整理がつけば理論的考察が成立し、その延長として未知現象の予測をたてることができますが、予測のつかない場合も少なくありません。しかし、場合の数が多く予測がつきにくいということは、化学という学問の未熟さを示すものではなく、化学に備わった多様性という本質的な特徴の現れです。
この予測のつかない領域で、発見は起こります。今後も種々の発見が行われ、さらなる化学の発展を支え続けることと思われます。
このように、化学の発展は英知と発見により支えられ、また時代の社会的要請により方向づけられていきます。未踏領域における、未知への勇気ある挑戦が、今後とも続けられていくことになります。
世界をリードする日本の化学『有機合成化学協会誌』の2000 年5月号に「発見ノススメ」という文を書かせていただきました。新しい分野・領域を開くとき、化学では新発見を契機としてきたことは顕著です。
この発見には、意図し表1化学抄録誌論文数ランキングたものもあれば、偶然のものもあります。ノーベル賞の半分は、発見を契機としています。
ところで、東京工業大学名誉教授の慶伊富長先生が書かれた「研究ランキングを考える」の化学抄録誌論文数ランキングをみると( 表1)、日本の代表的な8 つの国立大学がベスト20 の一角を占めています。1997 年の『ケミカルアブストラクト』に掲載された論文数では、東京大学が1位、大阪大学が2位、京都大学が3位、東北大学が4 位です。世界に伍していることはわかると思いますが、はてなと思われる部分もあるでしょう。
それは、何となく印象として、実力を順当に反映しているとは思えないという懸念だと思います。半ばあっていて、半ばは誤解です。化学分野では、日本は実力をもって世界に伍し、リーダーの一員要です。30 年前の白川先生は、まさに当時の「現代の匠」であり、ポリアセチレンは30 年前には「未来物質」でした。本シンポジウムのメインテーマは、として化学・化学技術の発展を進めています。(以下本文へ)