第16回「大学と科学」心の発達、ことばの発達−子どもはなにをどのように学ぶのか
「心の発達」の研究のめざすところ
桐谷 滋
神戸海星女子学院大学文学部教授
平成9年度から12 年度にわたる文部科学省科学研究費補助金特定領域研究『心の発達:認知的成長の機構』では、ヒトの知的な心の発達のメカニズムを探るために、主として就学期までの幼児における概念発達、言語発達の機構、その障害とそれにかかわる脳機能について研究を進めてきました。ここでは、そのような研究の基本的な考え方について紹介したいと思います。
認知能力の獲得
高い認知能力とそれを基盤とする言語能力は、ヒトを人間たらしめているもっとも人間的な機能です。ここでは、ヒトの知的な機能の発達のことを、「心の発達」と呼ぶことにしますが、ヒトの赤ちゃんは、ほかの動物の赤ちゃんに比べ、むしろより未熟で頼りない状態でこの世に生まれてきます。それにもかかわらず、生後数年にして、ほかの動物にはみられない、高い知的な能力を自然に身につけてしまいます。赤ちゃんは、そのようなことを可能にする、すばらしい仕組みをその脳─ 心のなかに秘めて生まれているわけです。
ヒト乳幼児が生後数年にして知的な能力を自然に獲得することは、真に驚き以外のなにものでもありません。この急速な、かつ自律「心の発達」の研究のめざすところ的で円滑な認知発達を可能にしている機構とは、どのようなものなのでしょうか。最近の研究では、このような発達を可能にするものとして、乳児は認知機能獲得のための種々の生得的機構をもって生まれてくることが知られています。厳密な意味で生得的かどうかは議論があるところですが、乳児はまったく白紙の状態で生まれてくるのではなく、知的な能力を獲得するための生得的な機構を備えて生まれてきます。この生得的機構と社会・文化的要因も含めた外界からの刺激・情報との効率的な相互作用を通じて、ヒトの心の諸特徴がかたちづくられてくるわけです。本研究はこのような仕組みを発達心理学、認知心理学、言語心理学、神経科学など多くの分野の研究者が協力して明らかにしようとしたものです。
概念の発達
幼児は発達の概念で外界のいくつかの側面について因果的に説明をしうるような知識の体系(素朴理論)を獲得していきます。例えば、物理的な初期認知機構として、衝突の因果関係についての理解があります。ボールが転がってものの陰に隠れて、新しい違うボールがでてくると、乳児はボールがぶつかって動きだしたと思い、ボールがぶつからず、新しいボールが動きだすアニメをみせられると異様に感じるといいます。このような物理的な因果関係の理解が、生まれた直後からすでに、認知の機構の枠組みとして備わっていることが知られています。(以下本文へ)