第16回「大学と科学」明日を拓く植物科学−光エネルギーを生物エネルギーに変える植物の設計図を読む
植物のゲノム解読から何が分かるのか
田畑 哲之
かずさDNA 研究所植物遺伝子研究部部長
光エネルギーを生物エネルギーにかえる能力をもつ植物のゲノム解読から明らかになることを説明します。話の内容は次の3点です。第1に、ゲノムってなんなのかということです。その定義は専門家のなかでも認識が多少ずれている部分があるのですが、ゲノムとはどのようなもので、どのような役割をはたしているのかを、できるだけわかりやすく説明することにします。第2は、植物のゲノムを解読することの意義、第3はゲノム研究の重要性と今後の展望です。
かつては遺伝といっても曖昧な認識しかありませんでした。例えば、カエルの子がカエルになることや、鼻はお父さんに似て、目はお母さんに似ているといった遺伝もあることは、古くからわかっていました。しかし、なぜ似るのかは不明でした。そのようなことが明らかになったのは、そんなに昔ではありません。ここで、子どもが母親に似るのはなんとなくわかりますが、なぜ父親に似るのかを考えると不思議です。父親から子どもに伝えられるのは精子だけです。この精子を観察して、当時の人は精子のなかに小さい人がはいっており、それが母親に伝わり子どもに伝わると考えていました。17 〜 18 世紀に、遺伝がいかにぼやっとした状態で理解されていたかがわかるかと思います。遺伝から遺伝子への認識が徐々に深まってくるとき、忘れてはならないのがメンデルです。メンデルはいくつかの法則を発見していますが、そのうちのひとつを図1に示します。丸形の豆としわ形の豆を交配すると、その子孫はすべて丸形になります。この丸形の豆をそのまま自分で交配して子孫がつくられると、丸形としわ形が3対1にわかれるという法則です(優性の法則)。このことは、現代の私たちにとってはあたりまえといえばあたりまえのことです。しかし、当時としては、画期的な発見であったわけです。つまり、それまで曖昧であった遺伝という現象が、丸形という形質を支配するなにかと、しわ形という形質を支配するなにかがあり、それらを交配しても丸形としわ形の中間のようなものにはならず、どちらかの性質だけがでることになります。そして、その子孫にも、丸形やしわ形の形質をきめるなにかが、わかれて伝えられているわけです。つまり、その形質は、形質に対応する明確な因子によってきまっていることになります。このことは、遺伝に対する大きな認識の変革でした。遺伝子からDNA へ次に、DNA という言葉がでてきます。物質的には、デオキシリボ核酸と呼ばれる2本のひも状の物質がからんで太いひもを形成しているものです( 図2)。現在ではDNA が遺伝子の本体であることが明らかになっていますが、このDNA の研究の歴史もそれほど古くはありません。DNA が細胞から単離されたのは1869 年、DNA が遺伝情報を運んでいる本体であることが判明したのが1944 年です。DNA 研究は、生物学の歴史のなかでも浅いものですが非常に重要です。(以下本文へ)