第16回「大学と科学」ゲノム情報を超えた生命の不思議−糖鎖
血液型と糖鎖
成松 久
産業技術総合研究所糖鎖工学研究センター副センター長
血液型とは血液型という言葉は、通常、白血球型と赤血球型の両方を含みますが、一般的には赤血球型のことを指しています。この赤血球型の定義は、赤血球上の物質の構造がヒトの個体間で異なり、それが抗原として働き、他人の血しょう中に含まれる凝集素(あとに抗体であることが判明した)により凝集されるため、輸血の妨げとなる物質です。近年では、臓器移植にも大きな妨げとなっております。個体間抗原(アロ抗原)をつくりだす遺伝子に1塩基置換や欠失が生じて、個体間で多型が存在しますが、それがメンデル遺伝にのっとって遺伝することが、赤血球型を理解するうえで重要です( 図1)。
皆さんがよくご存知の血液型は、ABO 式血液型とRh 式血液型です。これらは医療上・臨床上、重要です。例えば、輸血においてABO 式血液型の適合は必須で、Rh も不適合があると出産時に新生児と母親に問題が生じます。ちなみに、血液型にはこのほか、抗原の様式によって40 種類から50 種類近くあります( 表1)。
ABO 式血液型は、今からちょうど1世紀前の1900年に、当時の医学の最先端であったウィーン大学のランドシュタイナー教授が、抗凝固剤にて採取した血液を遠心分離し、赤血球と血しょうにわけて、赤血球を他人の血しょうとあわせると赤血球が凝集してしまう現象を発見したのです。多人数の赤血球と血しょうの組合せを精力的に試したところ、ヒトは4つの型にわけることができると結論しました。A、B、O、AB という4つに分類し、ABO 式血液型を発見したのです。その後、ランドシュタイナー博士は精力的にほかの血液型も発見し続け、のちにノーベル賞を受賞しています。
抗原構造による血液型の分類
これらの多数の血液型は、抗原構造がわかったあと、タンパク質性血液型抗原と糖鎖血液型抗原に大別されます。糖鎖血液型抗原として代表的なものはABO 式、P式、ルイス式、Ii 式血液型です。そして、抗原構造が糖鎖かタンパク質かが確定していない血液型も多くあります。また、Sat という血液型は12年前の1990年に発見されたばかりで、まだ発見されていない血液型も十分にあると推測されます(表1、2)。
もちろん、血液型は家系で伝わるため、家系解析により、どの染色体に、どの血液型の遺伝子が座位しているかが古くから知られています。例えば、ABO は9番染色体に、Rh は1番染色体に座位しています。代表的なタンパク質性血液型抗原であるRh 式のCD 抗原とMN 式のMN 抗原は、タンパク質そのものが抗原になっています。Rh は1 番染色体に、MN は4番染色体に座位し、2つの対立遺伝子があります(図2)。ちなみに、対立遺伝子とは、もともとひとつの遺伝子であったものが進化の過程で変異して、そのときに活性や抗原性が変化した遺伝子のことです。当然、対立遺伝子は同じ遺伝子座位にあります。例えば、佐藤さんはMM 遺伝子、鈴木さんはMN 遺伝子をもっているとき、このMとNの違いはアミノ酸配列で数個の違いですが、この違いが抗原エピトープとなり、MM とMN を混ぜあわせると抗N抗体が反応して凝集します。
Rh 式の場合、ひとつのタンパク質上にアミノ酸置換が起こる部位が数ヵ所、抗原エピトープになる部位が3ヵ所あり、それぞれC、D、Eと名づけられています。Cとc ではアミノ酸の配列が異なり、Rh −(マイナス)のc、d、e の場合はC、D、Eに対して抗体が形成されます(図2)。(以下本文へ)