第17回「大学と科学」化学:自然と社会へのかかわり
「大学と科学」公開シンポジウム『化学:自然と社会へのかかわり』の開催にあたり、代表者としてひとことご挨拶申し上げます。
 私たちが化学の研究をする目的は、自然を知ることと、そこで得た知識をもとに豊かな文明を築くためです。私たちは自然の生き物で、当然、自然を正しく、深く理解する必要があります。私たちが遭遇する自然現象にはさまざまな物質が重要な役割をはたしています。それらの性質や機能、役割を正確に知らなければなりません。化学は物質(もの)の科学です。従来、化学は「単分子」を考える科学として発達してきましたが、実はその性質と機能の多くは、多数の分子が並んで集積体を形成したり、他の分子と相互作用することによってはじめて発現します。複雑にみえる生命現象も、大小のさまざまな分子が織りなす巧妙な物理・化学現象です。
 私たちは文明社会に生きています。自然の動物と異なり、毎日さまざまな物質にとり囲まれて生活しています。朝起きてから夜寝るまでの日常生活を思い起こしてみてください。豊かさのほとんどは化学者や技術者の英知によってつくられた人工物質によって支えられています。人が手を加えない自然の物質はほとんどありません。
 人びとが80年を幸せに生きるためには自然観、社会観、人生観が必要です。科学的知識を創造し、それを活用した科学技術により豊かな社会生活を送るのが、21世紀の人間の生活です。化学と社会のかかわりは時代の宿命です。ここで科学は中立ですが、科学技術には必ず光と影がともなうことを銘記しなければなりません。原子力、情報通信、人工物質製造、遺伝子組換え食品、臓器再生、クローニングなど、さまざまな科学技術があります。当然のことながら、科学技術は「正義」でなければなりません。戦争や経済の下僕として暴走することは許されません。自然および社会環境との調和も不可欠です。また、優れた科学技術は同時に国際競争力の源でもあります。科学技術をつくるのは専門家です。しかし、民主国家においては、その採否や利用範囲の決定は国民すべてに委ねられています。国民は技術の内容を十分に把握したうえで、もっとも適切に判断をくださねばなりません。恣意的な拒否反応はただちに国の衰退をもたらします。