第18回「大学と科学」タンパク質のかたちから生命の謎を解く
タンパク質とは

タンパク質と聞いて、おそらく一般の方は栄養素としてのタンパク質を思い浮かべられることと思います。タンパク質は、確かに3大栄養素のひとつですが、本シンポジウムでは、タンパク質をたんに栄養素のひとつとしてとらえるのではなく、そのイメージは図1のようなものになります。それは1個の細胞です。タンパク質はDNAの遺伝情報に基づいて細胞のなかで合成される分子で、さまざまな姿かたちをしており、また、さまざまな働きをしています。その働く場所もいろいろです。あるものは細胞のなかで働きますし、またあるものは細胞の外へでていって働きます。そしてまた、あるものは細胞膜の上で働きます。遺伝情報をになっているDNAに結合して働くものもあります。
 たとえば、今朝皆さんが食べた食物は、今頃消化酵素によって分解されていますが、それら食べ物を分解する消化酵素は典型的なタンパク質です。血液中で酸素を運搬するヘモグロビンも、細菌など外界からの侵入物に対して防御の役割をはたすイムノグロプリンもタンパク質の一種です。生体エネルギーをつくるのも、筋肉の運動も、バクテリアの鞭毛の運動もまたタンパク質がその機能をつかさどっています。さらに、私たちが色やにおいを甘受できるのもタンパク質のおかげです。タンパク質のなかには、DNAに結合して、その働きを制御しているものもあります。このように、タンパク質は生命を維持するのに必要なありとあらゆる仕事をしています。
 消化酵素がどのようにして食べ物を分解しているか、ヘモグロビンがどのように酵素を運搬するのか、その機構を知るためには、これらの分子の詳細な構造を知る必要があります。X線結晶構造解析はそれを可能にしています。


タンパク質の合成とDNA情報

 タンパク質はDNAの遺伝情報をもとにつくられます。蛙の子は蛙というように、子どもが親に似るのは、DNAのもつ遺伝情報が子どもに伝わるからです。その意味で、DNAは情報分子と呼ばれます。その遺伝情報は、細胞のなかでRNAを経て、タンパク質へと翻訳されます。そして、合成されたタンパク質は細胞の内外でさまざまな働きをします。DNAが情報分子であることに対して、タンパク質は細胞のなかで実際に働く分子であることから機能分子と呼ばれます。
 まず、DNAの遺伝情報をもとにタンパク質が合成されることについてお話をします。2本鎖DNAの構造を図2に示しました。分子の外側を走っている色の濃い領域は糖リン酸骨格と呼ばれる部分で、分子全体にわたって一様です。つまり、ここには遺伝情報は含まれていません。遺伝情報が含まれているのは、鎖の内部の塩基と呼ばれる部分で、図では薄く描かれています。塩基は4種類ありますが、その4種類の塩基の配列によってDNAは情報をもつことができます。
 簡単に表現すれば、DNAは異なる4色の玉の配列として表すことができます。しかし、4色の玉はどのようにすれば「情報」をもつことができるでしょうか。図3のように、4つの玉でアルファベットを表すことを考えます。赤をA、黄色をB、青をC、緑をDとします。そうすれば、この配列はABBADBADC……と読めます。しかし、4つのアルファベットの文字では文章をつくることもできません。ABCDだけでなく、もっとたくさんのアルファベットを表したい。それには、どのようにしたらよいでしょうか?