私たちの文化財を救え!!−災害と向きあう
内田:本日は、災害対策強化部会の二○○五年度のしめくくりの意味を含めて、これまでの活動を振り返って新たな出発に向けて総括したいと思います。まず、阪神・淡路大震災(以下、「大震災」と略す)から十年を機にシンポジウムを開催し、また今年静岡で開催したシンポジウムを踏まえ、これまでの経緯状況を村上先生から報告していただき、それをもと
に議論を進めていきたいと思います。

平常時、緊急時、復旧時での対応体制の構築

村上:これまで保存修復学会(以下、「修復学会」と略す)では、大きな災害発生後に現地にはいって対応してきましたが、静岡などでのシンポジウムで、災害発生前の対応と、災害発生時の対応、その後の対応という三段階での役割を明確にしていくことの重要性が、あらためて認識されました。その意味で、修復学会としての活動の方向性がクリアになったと思います。具体的には、日常時の活動として、文化財防災ウィールなどを活用して防災・減災を呼びかけていくことが少しずつ浸透してきました。また、緊急時の対応としての救出では、大震災以降さまざまな災害でも活動してきましたし、新潟県中越地震でも行動を起こそうとしましたが、問題が残ったことも事実です。復旧・修復については、新潟県中越地震の際も文化庁や県からの要請をうけ、実践的な結果を少しではありますが残すことができました。そして、静岡でのパネルディスカッションでは、平常時に修復学会としての取り組みをもっと強く押し出すことが必要だといったコンセンサスが得られましたし、そのようなことを期待されていることを感じました。新潟県中越地震を経て私たちの学会としてできる部分とできない部分がみえてきたなかで、修復学会の役割がそれぞれの段階で鮮明になり、そのことをもとに、この会で新たな方向性がだせれば、活動の成果の一つとして位置づけられるかと思います。

危機管理に対応した基金をどう創設するか

三輪:修復学会で危機管理について議論し始めてもう十一年になります。そのきっかけとなった大震災後も台湾地震や新潟県中越地震、最近では福岡西方沖地震が発生しましたが、その間、常に重要でありながらもなかなか解決ができなかった問題は、財政です。災害に対して修復学会として財政的にどう対応していくか、非常に難しい問題です。皆さん一人一
人が行動するときの基本になる資金のつくり方が課題となっています。
 大震災のときは、それこそ遮二無二、役所を含めて集めたといってよいかどうかわからない状態で集めたのが実情です。災害・危機に常に備えて、財政基金をどう構築するかが非常に大きなテーマとなっています。現実には、会則を改正して会費をまわしたり備蓄していくことが一番手っ取り早い方法ですが、なるべく多くの方々に大きな災害時に動いてもらえるようにするためには、相当な行動基金が不可欠です。その点を打開するためには、日常的にスポンサーをつけるといった努力が必要となります。具体的には、ある企業と協賛してシンポジウムを開催したりするといったことを考えていかないと、いざというとき動けません。仲良しグループの仕事になってしまいます。手作りの仕事は大事ですが、大きくみたとき成果がなかなかでません。財政基盤をつくるための具体案はまだありませんが、私どもの学会が売り物にしている保存科学や修復の面で産業界や経済界と連携するような手法を考えていくことが重要だと思います。
 私どもの九州国立博物館では、開館に備えて、種々の機会を利用して支援してもらえるようキャンペーンを行ってきました。各種の業界紙にいろいろな話をしてPRに努め、認知度を広めてきました。そのようなことを修復学会として行っていくことも必要です。いざというときの財政の大事さを皆さんは身にしみておられると思います。身銭を切って活動されるのもよいのですが、それは学会として健全な方向ではありません。財政基盤を構築するために、日常活動でキャンペーンをはることも必要です。危機対応のための基金を創設するための活動が、修復学会としてのテーマの一つになっていると思います。
 具体的に活動する場合、資金だけでなく、自動車を提供してもらったり、段ボール箱の提供、現物支給などさまざまな支援法も考えられます。そのための窓口となる委員会の設置も必要になりますね。

内田:核心をついたご意見ですが、本田さんは九州国立博物館の建設にご苦労されてきたわけですが、何かご意見をお願いします。

本田:たとえば、新潟県中越地震の際、修復学会として、博物館と何ができたかを考えたとき、正直いって何も残っていないと思います。両者が具体的に何かしようとすると、修復学会側はお金の問題で進まなくなります。もっと具体的に修復学会が参加して、やっていることがわかるようなかたちを何とかしてみせたかったと思います。

内田:でも、大震災のときより修復学会としてはできたという気がしましたが、どうでしょう。

本田:発展的なよいかたちはできてきましたが、反省すべき点は、具体的に基金を創設してこなかったといったことです。

修復学会の活動は評価されているか

三輪:つまり、成果といいながら孤立感もあります。会としていろいろ活動してきましたが、それに対する評価が問題です。一般論として評価されていると信じていますが、社会的、全体的にどう評価されているかが問題です。救出なり支援の対象となったものからの評価、現地からの評価をまとめる方法を考えていくことが今後の活動につなげるためにも重要です。評価を期待して活動しているわけではありませんが、社会的に危機管理を前面にだして活動しているのであれば、将来的には、修復学会の活動はこのような評価を得たということがわかるようにしていくことが重要です。別に評価してくださいというわけではありませんが、評価してもらえるような再生案なり在り方を真剣にみせろと、あえていわせていただきます。そのほうが、財政面も含めて次につながります。

村上:実際に私たちの例でいうと、被災後に救出するような活動は修復学会としてやりにくいのが現実であるため、そこで評価を得ることは簡単ではないと思います。このことは、大震災以降、新潟県中越地震を含めて現実をみての感想です。たとえば、史料ネットなどはかなり評価を得ています。被災したものを救出する活動は、財政的な問題に結びつきます。そのため、修復学会はほかと違った部分があり、救出の部分での評価はうけにくいというのが正直なところです。村田さんは、そのへんどのような感想ですか。

村田:史料ネットと全史料協の救済活動報告をよくききますので、そちらの評価のほうが高いといわざるを得ません。しかし、彼らの基本は、救出とパトロールです。学生諸君などを動員してやっておられるため目にみえます。それに対して、私たちには修復法などについての問い合わせや、実務も含めて指導依頼です。その場合、即座に人の派遣も含めてお手伝いしていますが、評価としては、史料ネットのお手伝いということになります。
 そのため、私たちはもっとベースになるものをまとめて、被災時にどう役立つか、文化財防災ウィールを具体化したような細かな提言をしていくことが修復学会の評価につながると考えています。

災害を想定しての活動メニューづくり

森田:大震災以降、災害対策部会を設置して十年活動し続けてきたことが評価され、新潟県中越地震のとき、文化庁から指定文化財以外の文化財の修復について協力要請があったのだと思います。これは大きな成果だと思います。大震災以降の活動はすごく高く評価されています。
 そこで、そのような活動を踏まえたうえで、防災や減災の方向があるのだと思います。今後、激甚法に指定された災害が発生したとき、指定品以外のものに対しても必ず協力要請がきます。そのとき、私たちがどう対処するかというメニューを用意しておく必要があります。その観点からいうと、今回の新潟県中越地震の状況を自分たちでどう評価、反省していくかが課題です。今回、九博で行った津南町の被災土器の修復は稀なケースでした。あのような活動を、これから支援していくかが本学会に一つの方向になります。
 長岡市に、仏像の修復についてアドバイスしたのも一つの手助けです。新潟県中越地震で、何をなし得たのか、なし得なかったのかを真摯に考えていかなければなりません。それで限界を感じたから防災・減災にいくという話ではないと思います。史料ネットとのかかわりも含めて、私たちが、どのようなメニューを用意しているかが重要になると思います。

村上:私がいうのは防災・減災は、新潟県中越地震を踏まえての話です。新潟県中越地震が発生してから現地にはいって、何ができるかという話になったわけです。会員もほとんどいない地域にはいっていって、文化庁や県からの協力要請がでても、修復学会の活動は浸透していませんでした。平常時に、どのようなことをやる学会か理解されていない学会が、突然、被災地にはいっても、先方は、何を要請したらよいかがわかりませんし、こっちがいっていることも理解してもらえません。そのような状況に大きなジレンマを感じました。私がいっている防災・減災は、新潟や静岡といった地域で、日常的に、修復学会としてどんなことができるかを理解してもらうような活動が必要だということです。そのような日ごろの努力があって、災害時に、こんなことをやってもらえるのだという学会の顔がみえていれば、違う展開になっていたと思います。

森田:その話はもちろんわかっています。それは一つの結論です。最初に村上さんがいわれたように、いろいろな段階がありますよね。事前、直後、以降という三段階のそれぞれにメニューを用意しようということですよ。

各段階での支援対策案を構築したうえでの減災・防災活動

村上:それには同感です。そのなかで、もっとも現実的な提示として、防災・減災を主張しているわけです。いくら災害復旧段階のことをいっても、地元との連携がとれないと何もできません。私は普及活動が重要だと強調しているわけで、それがあってはじめて災害時に活動ができるのではないでしょうか。