脳を知る・創る・守る・育む 10
第15回「脳の世紀」シンポジウム 開会挨拶

NPO法人 脳の世紀推進会議理事長/
(独)理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問

伊藤 正男

 本日は、第15回「脳の世紀」シンポジウムのために、朝から大勢の方々においでいただき、まことにありがとうございます。早いもので、昨年ご挨拶してからあっという間に1年がたってしまいました。
 約20年ほど前から凄まじい進歩をみせている脳科学の成果について、毎年新しい内容をかいつまんでいろいろな方におききいただくためにはじめたシンポジウムですが、今年もそのような趣旨で行いたいと思います。
 今、脳の研究がこれまでどのように発展してきたのか、今後どのような方向へ進むのか、ということについての考察がさかんに行われております。学問というものは、進歩するにつれて情勢がかわってくるものですから、計画を見直してまた新しく進むということがとても大事です。今、脳科学は、ちょうどそのような節目にあたっているのです。
 いろいろな点で違いがでてきていますが、研究者の立場からみた一番大きな変化は、脳科学という広い分野のなかに含まれているさまざまな小さな研究専門分野が非常によく融合してきたということです。10年前は、小さな研究グループがいろいろなところでばらばらに研究していました。それがなんとか一緒に研究したいという気持ちでだんだん集まり、一つの大きなまとまった分野になったのが脳科学です。これは、世界的な傾向でもあります。
 脳科学のなかには、さまざまに異なる技術、異なる理論やものの考え方がはいっています。はやい話が、遺伝子の話と心の話が同居しているというくらいに非常に大きな分野なのです。これが、今では驚くほどに足並みがそろってまいりました。10年前は研究分野間の乖離が激しく、たとえば、遺伝子や分子の研究者は精神や心にほとんど関心がないし、行動や精神をターゲットにしている研究者は遺伝子や分子の話をきいても何のことかわからないという状況でした。それが、これらのものを広く含む総体としての人間を理解しようという方向へ進んできたのです。分子生物学者、精神医学者などというタイトルのほかに、脳科学者という共通のタイトルが実体をもつようになってきたということは、非常に大きな進歩だと思います。
 これらのことを踏まえて、10年先、15年先には脳科学がどのように発展するかということを、今さかんに議論しているところです。これからは、従来のようなディシプリン別・領域別の考え方を離れ、ターゲットを中心にしてものを考えるようになっていくのではないかと思います。脳科学の場合、一つとはいかず、いくつかの主要なターゲットを設定することになるでしょうが、このような目標指向型の研究がこれからさらに進むだろうと思います。本日の講演を通じて、このことを少しでもお感じいただければ幸いです。

 「脳の世紀」シンポジウムでは、毎回お一人に特別講演をお願いしています。これは脳科学にかぎらず、科学全般、さらに文化・社会の観点から脳科学に対する考えや期待、希望、あるいは叱責をいただくという趣旨でお願いしているものです。
 本年は、遠山敦子先生においでいただきました。よく知られておりますように、遠山先生は、東京大学法学部を卒業され、1962年に当時の文部省に入省されて以来、科学・教育行政の先頭にたってこられた方です。多くの重要な役職を歴任されておりますが、やはり特筆すべきは小泉内閣で文部科学大臣を務められたことです。文部科学行政のなかで、「心をはぐくむ」という問題を非常に重視してこられました。本日は、そのようなお立場から忌憚のないご意見を拝聴できるものと期待しております。
 それでは皆さま、どうぞご清聴ください。