ブレインサイエンス・レビュー2012
はじめに

伊藤 正男
(公財)ブレインサイエンス振興財団 理事長

 脳科学では、シナプスを中心とするニューロンレベルの知識と、複雑な回路網レベルの知識が並行して、いわば手分けして収集されてきた。しかし、その底流には、いずれこれらの知識が統合されて脳の構造と働きの完全な理解に到達するであろうとの固い信念がある。ここでいう統合とはただの寄せ集めではなくて、集められたものが有機的に関連し合い、個々の成分にはない独特のメカニズムを生み出す仕組みである。
 本レビューを通覧すると、そのような知識の収集の拡大とその統合がより核心へと進んでいることが感じられる。見学、岡田、石谷の3氏は樹状突起形成の動的な過程、シナプスタグ機構、タンパク質リン酸化酵素NLKを中心にそれぞれニューロンレベルのあらたな知見を報告している。西丸、古田、小林、井上、北野の5氏は脊髄の運動回路、大脳バレルを含むヒゲ感覚システム、脳幹の強化学習回路、プラナリアやイモリにおける神経細胞の再生、イトヨ(サカナの一種)の行動進化にそれぞれ材料を求めて、比較的簡単な神経回路網のメカニズムの解明を目指している。さらに、山本、一戸、澤の3氏はもっとも複雑な人脳の神経回路への挑戦を試みている。
 読者が本レビューシリーズに脳科学全体のダイナミックな発展の様子を読み取って頂ければ幸いである。