動産文化財救出マニュアル
出版に寄せて
一般社団法人 文化財保存修復学会会長 三輪嘉六
 1995年の阪神・淡路大震災を契機に、文化財保存修復学会は大規模な自然災害へ対応するために災害対策調査部会を発足させた。それ以降、国内では多くの洪水や地震が発生し、被災した文化財の救出支援や損傷したものの修復支援を図ってきた。活動の範囲は国内にとどまらず、1997年には台湾からの支援要請もあり、修理の技術支援などに会員を派遣した。
 この約18年のあいだに、人々の文化財に対する意識も大きく変化したと思われる。災害で破損した文化財や、身の回りの大切にしてきたものを廃棄する例は減少し、反対に残して活用するほうに向かっている。文化財保存修復学会のほかにも文化財の救出組織がNPO組織や研究者などを中心に各地で生まれ、連携しながら救出活動を展開している。これが、身近な文化財を積極的に残す大きな支えとなっていよう。しかし、実際に災害が発生し、身の回りの文化財や思い出の品々が損傷した場合、一般の人々にとって対処の仕方についてはまだまだわからないところが多く、救出作業に加わっているボランティアの方々にとっても同様なことが起こっている。また、小規模な美術館や博物館は各地にあるが、そこの学芸員の方などからも、被災品の取扱い方、加えて修理へ向けての支援要請なども多く寄せられる。
 残念なことに、日本は今後大きな自然災害の発生が確実視されており、首都東京の直下型地震や、太平洋岸を広範囲に襲う南海道の地震などに対して、広範囲に対策が求められることも確かだ。これらをみすえて、救出作業にかかわる人たちが、あらかじめその知識を得ておくことは、いざというときにおおいに役に立つはずである。また、修復に対する基礎的な知識を持っていれば、事にあたる際、作業を的確なものとし、救出後の展望も描くことができる。
 本書の執筆者のほとんどは文化財保存修復学会の会員であり、各分野の研究者や修復の専門家も多く、また実際に災害時の救出作業に携わっている人も含まれている。これらの経験や知識を基に書かれた本書は、必ず、災害から文化財を救い出す際に大きな支えとなるであろうし、多くの関係者の期待に応える内容となっていると確信している。