塩の生産・流通と官衙・集落
 奈良文化財研究所が毎年12月に開催している古代官衙・集落研究会は、早いもので昨年で16回を数えるに至りました。本研究集会は、古代の官衙や集落に関心のある考古学・文献史学・建築史学・歴史地理学など諸分野の研究者が一堂に会し、ひとつのテーマをさまざまな角度から掘り下げる学際的な研究集会です。
 昨年の第16回研究集会は、「塩の生産・流通と官衙・集落」と題して、塩をテーマに据えました。塩は人間生活に不可欠な存在であり、律令国家の運営や牛馬の飼養にも欠かせぬ重要な資源でした。しかし、岩塩の採れぬ日本では、海浜部で海水を濃縮し煮詰める方法でしか塩を生産することができません。一方、藤原、平城、長岡、平安京といった歴代の宮都は、いずれも内陸部に位置します。そこで、海浜部から内陸の都まで塩を安定的に供給できる体制を構築することが、律令国家の懸案課題となりました。近年、相次ぐ発掘調査により、各地にある膨大な数の製塩遺跡の様相があきらかになってきました。さらに製塩土器の出土によって内陸部にも塩を集積、あるいは再加工する拠点の存在が推定されるなど、古代の塩の生産と流通に関する新たな成果が蓄積されつつあります。こうした各地の製塩遺跡をめぐる情報を収集整理し、研究の到達点を俯瞰することを目的に研究集会を開催しました。
 当日は、多数の研究者に参加いただき、古代の塩の生産と流通について活発な意見を交わすことができました。文字資料からアプローチした研究、土器製塩の実験成果を反映した研究、新たな資料の紹介など、研究発表の内容は多岐にわたりました。また、討議では、律令国家成立以前から続く塩の需給体制を律令国家がどのように整備し活用したのかという流通史的観点に踏み込んだ検討もなされました。塩は遺物として残ることはありませんが、残された状況証拠から、塩をめぐる流通ルートの解明へむけた大きな一歩を踏み出せたと言っても過言ではありません。
 そうした多大な研究成果をまとめた研究報告がここに完成し、皆様のお手許へお届けできる運びとなりました。執筆された各研究報告者、討議に参加された皆様、編集作業に従事した事務局各位に感謝申し上げるとともに、本書が広く活用されることを願ってやみません。
 事務局が世代交代を果たしてはや5年、研究会の運営も徐々に軌道に乗ってきました。これからも古代官衙・集落研究会の活動に対して、皆様の暖かいご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

2013年12月
独立行政法人国立文化財機構
奈良文化財研究所長
松村 恵司