発掘遺構から読み解く古代建築
はじめに
松村 恵司 奈良文化財研究所所長


奈良文化財研究所は、文化財の宝庫奈良の地で、実物に即した文化財の総合的・学際的研究をおこなうため、1952年に設立された研究機関で、皆様から「奈文研」の略称で親しまれています。日頃、関西を中心に活動している奈文研の調査・研究活動の成果を、広く東日本の皆様にご紹介することを目的として、2010年から東京講演会を開催しており、毎回、切り口を変えて文化財研究の魅力や面白さをお伝えしています。本書は、平成27年10月24日に有楽町朝日ホールで開催した、第7回東京講演会「発掘遺構から読み解く古代建築」の記録集です。
ご存知のように、奈文研の主たる業務の一つが、飛鳥・藤原宮・平城宮といった都城や古代寺院などの発掘調査です。発掘といえば、考古学のイメージが強いかもしれませんが、奈文研では、考古学だけでなく、建築史学、文献史学、庭園史学などの研究者が、チームを組んで発掘調査をおこなっています。
なぜ建築史の研究者が発掘現場にでるのでしょうか。そんな疑問にお答えするために、今回の講演会は奈文研の建築史研究者の役割にスポットをあて、発掘調査の成果から建物復原に至る考察過程、また出土建築部材の研究など、建築史研究者の仕事ぶりをご紹介することにしました。
2010年に完成した平城宮第一次大極殿の復原は、建設工事だけでも足かけ10年に及ぶ歳月を要しました。それ以前には、さらに20年の調査・研究の蓄積があるのです。その復原研究を担ったのが奈文研の建築史研究者たちです。彼らは、発掘調査で検出した地下遺構から、その上部構造について、現存する古代建築や国内外の文献記録、絵画資料などを手がかりにして、立体的に組み上げる研究に従事しました。もちろん復原研究には古代建築の構造の検討や、細部に至る材料や建築技術の調査・研究も欠かせません。
本書は、すでに復原された平城宮の朱雀門や第一次大極殿、これから復原工事が本格化する平城宮第一次大極殿院の復原研究のプロセスや復原根拠、さらには、出土建築部材の調べかたや得られる成果等の紹介を通して、発掘遺構から古代建築を読み解く方法を考えていきたいと思います。
近年、全国各地の史跡でも、建物の復原整備が進められるようになってきました。また、建物のイラストやCG、模型の製作、最近流行のVR(仮想現実)やAR(拡張現実)での建物の表現にも建築史の知識や情報が不可欠です。しかしながら建築史研究者の研究成果は、専門の研究書や報告書などでは公表されていますが、なかなか一般には知られていないのが実状です。今回は奈文研の建築史研究者が、そうした古代建築にかかわる研究成果や専門知識、専門用語をわかりやすく解説いたします。考古学と建築史学を股にかけた、奈文研ならではの研究の一端をご堪能いただければ幸いです。