デジタル技術で魅せる文化財―奈文研とICT―
はじめに
松村 恵司 奈良文化財研究所 所長


本日は奈良文化財研究所の東京講演会におこしいただきまして、誠にありがとうございます。
皆様から「奈文研」の略称で親しまれております奈良文化財研究所は、文化財の宝庫「奈良」の地で、文化財を実物に即して総合的・学際的に研究するために1952年(昭和27)に設立されました。今年(2017)で65歳になります。この東京講演会は、日ごろ、関西を中心に活動している奈文研の調査・研究活動の成果を、広く東日本の皆様にご紹介することを目的に2010年から始めた企画です。今年で9回目を迎えますが、毎回、切り口をかえて文化財研究の魅力や面白さをお伝えしたいと考えています。
今年のテーマは「デジタル技術で魅せる文化財―奈文研とICT―」と題して、日々急速な進歩を遂げているデジタル技術を文化財の調査・研究にどう応用し使いこなしていくのか、奈文研の実践例をご紹介したいと考えております。
奈文研の主たる調査研究業務は、遺跡や遺物、古文書、文化財建造物など「古いもの」を対象としていますが、そこから得られたデータの整理・蓄積、公開・活用には、最先端のデジタル技術を利用しています。記録類の恒久的な保存、効率的で迅速な情報処理、効果的な情報発信などにいまやデジタル技術は欠かすことができません。
なかでも、目下最大の懸案事項になっているのが『全国遺跡報告総覧』です。これまでに全国で刊行された発掘調査報告書は十数万冊に及ぶと推定されますが、誰もその全容を把握できてはいません。こうした発掘調査報告書を順次、全文電子化し、ウェブ上で一般に公開しようというのが『全国遺跡報告総覧』です。いまのところ公開できているのは二万冊弱ほどですが、膨大な発掘遺跡情報の検索と閲覧が、どこでも誰でも瞬時に可能になるという画期的な事業です。
文化庁の統計によると、昭和51年から平成27年度までのあいだにおこなわれた開発に伴う発掘調査件数は、28万1718件に達します。また、昭和48年から平成27年度までに投じられた開発に伴う発掘調査費用は、実に2兆8630億円にのぼります。これだけの膨大な費用と時間、労力をかけて実施され、蓄積され続けてきた埋蔵文化財の発掘調査成果を、デジタル技術を使うことで、広く一般に公開・活用することが可能な時代になりました。これによって埋蔵文化財が真の意味で国民共有の財産となることでしょう。まだまだ先行きは遠いのですが、十数万冊の報告書をすべて全文電子化できるように、文化庁や全国の地方公共団体の協力を求めながら事業を進めているところです。さらに、考古学のビッグデータの解析が進むことで、考古学研究は新たな次元へと展開することが期待されます。
また、最近では発掘調査をしても、手で計測することは続けていますが、デジタル技術を応用した三次元計測が急速に普及しております。そうした文化財に関する情報の取得方法や蓄え方、それらの見せ方に急激な変化が起こっています。
本日は、『全国遺跡報告総覧』事業の内容や、最近の三次元計測の方法をご紹介するとともに、奈文研の誇る充実した文化財関係データベースの概要、長期にわたって多くの方にご利用いただいている『木簡データベース』の新たな展開、壁画古墳で有名な「高松塚古墳」のデジタルデータによる築造過程の復元や、地震や火山噴火の予知・予測を目指した災害痕跡データベースの構築など、奈文研が現在取り組んでいる最新の研究を詳しく解説したいと思います。少し専門的で硬い話になるかもしれませんが、最後までお付き合いくださるよう、よろしくお願い申し上げます。