第13回「大学と科学」遺伝子産物(タンパク質)の形を観る−構造生物学とは何か?−
遺伝子を組み替える
はじめに
遺伝子の本体であるDNA は、実際にはそれほど安定な分子ではなく、放射線、化学薬剤などの外的な要因によって常に損傷をこうむっています。しかし、すべての生物はこの危機を克服するシステム、すなわち、さまざまな修復機構を備えています。こうして、生物は自らの遺伝情報を安定に保持し、子孫に伝えています。DNA の二重鎖の切断は、遺伝情報の大量欠失をともなうとりわけ重大な損傷ですが、その損傷の修復はDNA の組替えを通じて行われます。
DNA 組替えには、もうひとつの重要な生物学的意義があります。すなわち、減数分裂の過程で、父方の遺伝情報と母方の遺伝情報が染色体単位でランダムに分配されると同時に、相同染色体上の情報が相同組替え反応によって混合されます。この過程で生物個体の個性が決定されます。このように、DNA 組替えは生物の多様性を支配するきわめて重要な現象です。
このような組替えは、2 本のDNA の相同領域間で起こることから相同組替えと呼ばれています。分子レベルでは、このDNA の相同組替え反応は、1964 年にホリデーが提案した普遍的DNA 中間体を経ることがわかっています。構造生物学的な観点からは、このホリデー分岐と呼ばれる4 本の二重鎖の腕をもつ構造とさまざまなタンパク質の相互作用が、DNA の組替え現象の本質といっても過言ではありません。私どもは、このDNA 組替えの分子機構を立体構造の立場から原子レベルで解明しようとしています。
相同組替えとは
遺伝子の相同組替え現象を要約すると図1のようになります。2 本のDNA の相同領域、例えばA とA’は厳密な意味では完全に同一の配列である必要はありませんが、そのような遺伝子を組み替えるDNA 間で部分的に組替えが起こります。B とB’も完全に同じであれば、組替えてもまったく同じですが、厳密にいうと違うため遺伝子情報の混合が起こります。この現象が、生物の多様性のもととなっており、複製・転写と同じく、生物にとってもっとも重要な現象のひとつです。この相同組替えは、その他の機能として、損傷をこうむったDNA を正常なDNA と一括して交替しています。白川先生が紹介された除去修復は、DNA 二重鎖中の損傷を直接認識して切りだす仕組みですが、相同組替えによる修復は、2 本の鎖がともに切断された場合、それを正常なDNA 鎖に戻すときに使われます。その詳細なメカニズムが、現在、徐々に解明されつつあり、分子生物学の重要なトピックになっています。(以下本文へ)