第14回「大学と科学」ステロイドホルモンと脳科学−性 ストレス 脳をめぐって−
|
はじめに 私は医師から出発して基礎研究に転向しました。転向が比較的早かったものの本格的に研究を始めたときには30 歳をすぎていました。 患者さんを診ながら雑学を勉強してきたためいろいろなことに興味があります。本シンポジウムでも興味ある脳科学の講演が多く、喜んで呼ばれてきました。 さて、エストロゲンやアンドロゲン、プロゲステロンなどの性ホルモンに加えて、グルココルチコイドという糖質ホルモンやミネラロコルチコイドなどの生体内部の環境調節作用のある脂溶性物質であるステロイドは、やや構造の異なる生理活性物質である甲状腺ホルモンやビタミンA(レチノイン酸)、ビタミンD などともよく似た生体内感知蛋白質である受容体(レセプター)を介して働くことが明らかとなっています。 これらの受容体は細胞内(ものによっては初めから細胞核内)に存在し、それぞれの相手方(リガンド)に対して非常に強い親和性をもち、それらが血流にのってやってくると特異的に結合し、2 量体の形成などを含めた高次構造の変化を起こします。そして、それぞれに特異的な遺伝子群のエンハンサー部位に結合して、その転写を活性化します。この意味では、これら核内受容体(Nuclear recepters)はリガンド依存性の転写因子であるということができます。 最近、この核内受容体は多数発見されており、そのなかには他のプロスタグランジンや胆汁酸に対応するものまであり、さらにリガンドが見つからない、いわゆるオーファン受容体(Orphan receptors)も多数見出されていることから、これらの総数は数十〜 100 種類ほどに達するのではないかといわれています。 これらは、生体個体の内部で発生・分化・機能発現、内部環境維持のために互いに発信、応答しあうネットワークを形成しているのみならず、外部環境の変化、刺激に対して巧みに対応するシステムとして進化してきたものと考えられます。 ここでは、私が研究してきた代表的なステロイド受容体を中心に、それによる細胞機能制御のメカニズムについて概説することにします。特に最近の話題として、(1)エストロゲン受容体β(ERβ)の発見によるこの分野の8 基調講演ステロイドホルモンによる細胞制御のメカニズム村松 正實埼玉医科大学医学部教授進展、(2)核内受容体の共役因子(コアクチベータとコリプレッサー)の発見による転写研究の展開、(3)ER 標的遺伝子の探索とその意義についてとりあげることにします。 ER βの発見 まず、多くの核内受容体がサブタイプ(同じリガンドと結合するが、別の遺伝子にコードされた受容体)をもつのに対し、ステロイド受容体はそれぞれただ1 種類しかないとされていました。ところが、1996 年にGustafssonのグループが、ラットの前立腺から新しいERを見出し、ERβと名づけました。これにともない、従来のER はERαと呼ばれるようになりました。この発見を契機に、他のステロイド受容体でも1 種類以上の遺伝子が存在する例が見出されるようになりました。そして、エストロゲン受容体に新しいタイプが見つかったことにより、エストロゲンの作用機構に新しい局面が開けてきました。 核内受容体の構造核内受容体はどれも構造がよく似ており、機能ドメインも似ています。これは分子量が数万から10 万ほどの大きな分子で、A / B ドメインとC ドメイン、D、E、F ドメインにわかれ、ほぼ中央にあるC ドメインがDNA と結合します。そして、E ドメインを介してリガンド(例えばエストロゲン)と結合します。ほかにも、転写調節する領域が2 ヵ所存在するといわれています(図1)。(以下本文へ) |