ブレインサイエンス・レビュー2005
はじめに

神経回路にとって、単一シナプスはその結合の最小単位である。特に、脊椎動物中枢神経のグルタミン酸作動性シナプスの場合、それが樹状突起スパインという独特な突出構造につくられるために、これが真に機能単位として用いられている可能性が昔から想定されてきた。しかし、単一シナプス前終末の電気刺激が困難であるため、単一シナプス/スパインの機能研究は著しく遅れていた。われわれは2 光子励起法をケイジドグルタミン酸に応用して、大脳皮質の単一スパインを刺激する方法論を開発し、スパインの機能が強く形態と相関することを明らかにした〔Matsuzakiら, 2001〕。
また、この技術を用いて、単一スパインに可塑性刺激をいれることに成功し、スパインのグルタミン酸感受性が個別に可変であること、それがスパイン頭部増大という形態変化をともなっていること、さらに小さなスパインが可塑性の好発部位であることを明らかにした〔Matsuzaki ら, 2004〕。これらの結果は、大きなスパインは脳の記憶痕跡そのものであるという可能性を示す。本稿では、われわれの研究の背景、経緯や手法、そして展望を解説する。

a. スパイン形態に関する研究
19 世紀末にCajal は、Golgi 染色法によって樹状突起のスパインを発見し、これを軸索終末と樹状突起の接合部と認識し、神経細胞説(Neuron doctrine)の証拠のひとつにあげた(表1)。同じ脳の部位でも高等動物ほどスパインが発達していることもすでに指摘している。Gray による電子顕微鏡観察で、スパインのシナプス後部としての位置が確定し、現在ではグルタミン酸作動性入力の9 割がスパインに形成されることがわかっている(図1A、B)。スパインの形態は変化に富み、頭部が大きく発達したmushroomspine(大きなスパイン)と、頭部の小さいthin spine(小さなスパイン)に大別される。