脳を知る・創る・守る・育む 7
 第十二回「脳の世紀」シンポジウムにおいでいただき、ありがとうございます。本シンポジウムも十二回を数えます。日本の脳科学が本格的に動きだしたのは七年前で、これには本シンポジウムを始めとする草の根的なキャンペーンが大きな力になりました。その母体である「脳の世紀推進会議」は、このたび正式に特定非営利活動法人(NPO)として東京都から認可され、さらに活動を続けることになりました。会員制ですので、ぜひ大勢の方に会員になっていただくことを期待しております。
 科学技術振興機構(前身の科学技術事業団が名称変更)の「脳を知る・創る・守る」という三
領域の大型の研究助成が一応終了し、近いうちにその三領域の合同報告会が開かれます。その後を受けるようなかたちで、「脳を育む」領域の事業が科学技術振興機構によって今年発足します。これは、子どもの言葉や身体の発達における脳のしくみの発達を克明に調べて、子どもの発達段階で起こるいろいろな障害を取り除き、学習を促進したいという期待から始まる研究です。この研究は計画研究と公募研究と併用します。また、文部科学省からは自由発想型の基礎的な脳の研究として、これまで行われた特定領域研究「総合脳」のあと「先端脳」、そして「統合脳」が新しく発足します。
 このように一応は順調に進んでいますが、ご存じのとおり、日本の経済がそれほど容易でない事態にありますし、国際競争がますます激しくなりますので、私ども研究に携わる者としては、安閑としていられない厳しい時代が続いています。
 日本の脳科学研究の中核研究所として理化学研究所に発足した脳科学総合研究センターも順調に発展しており、この二年ほどは、「脳を育む」領域の充実に努めております。四つの領域を充実して、脳科学の全面にわたって総合的な研究の実をあげる方向に進んでおります。
 さて、私ども専門家の立場からみると、脳の研究を導いているのは、仮説と技術です。研究の最初の段階は非常にナイーブな、まったく自然体で行われますが、そうして得られた知識を集めて、脳はいったいどういう仕組みをもっているのか、どのように動くのか、どこがどうなると病気になるのかといったことについて、筋の通った仮説を立てます。その仮説をもとに、見当をつけて研究の方向づけをし直します。仮説に照らすと、どういうデータが足りないか、どんな見方が足りないかがわかってきます。それでもって次の段階の研究に移行します。この際は、仮説を検証する実験研究をするための技術がものをいいます。それが成功すると、非常に大きな進歩が得られ、大きな発見が起こります。しかし、いくら良い仮説があっても、いくら正しい方向をみていても、手に丁度適当な技術がなければ、どうにもなりません。事実、大きな技術革新があると、必ずそのあとに大きな発見がきます。大きな発見があると、次には大きな技術革新がきます。二つ足を片足ずつ踏みだして沼のなかをわかっていくというイメージで考えられるのが、研究の実際です。
 本日特別講演にお招きした浜松ホトニクスの晝馬輝夫社長は、あの有名なカミオカンデの光電増幅管をつくられた人と知られております。ご紹介するまでもないのですが、エンジニアであって実業家でもあるという日本では特異な地位を占められる方です。幸い、カミオカンデだけでなく、脳科学の研究、特に非侵襲的な脳科学の測定においては、先生のつくられている光電増幅管はたいへんな威力を発揮して、世界的に有名になっています。日本の科学技術のあり方について、高いご見識をお持ちですので、そのようなお話を是非お伺いしたいとおいでいただいた次第です。ご清聴下さい。