第19回「大学と科学」人類の歴史を護れ−戦中、戦後における文化遺産の保護と国際協力−
シンポジウムの開催にあたって
国士舘大学イラク古代文化研究所教授 西浦 忠輝
本シンポジウムのテーマは「文化遺産を護る」ということです。この背景には、文化遺産の劣化・崩壊・毀損があり、戦時・戦後復興の混乱のなかで文化遺産をどう護っていくかを考えるのが本シンポジウムの趣旨です。
文化遺産を保護するのはわれわれの意思さまざまな専門の先生方から具体的なお話がありますが、基本的な考え方を私なりに整理すると次のようになります。まず、「なぜ文化遺産を保護するのか」という根源的、かつ単純な質問があります。これに対する答えは、きわめて単純明快です。それは、多くの人々が文化遺産を保護したいと思っているからです。私たちが生きていくうえで絶対に護らなくてはならないものがたくさんあります。たとえば、食料や資源、地球環境などです。これらを護らないと人類は滅びます。しかし、文化遺産を護らなくても、私たちは生きていけます。文化遺産は、私たちの意思で護っているのであって、やむを得ずやっているわけではないのです。

文化遺産は人類共通の財産

文化遺産は人類の文化活動を具体的に示すものであり、人類の歴史を物語る証です。ですから、文化遺産は皆が一致して護り、活用していくべき人類共通の財産といえます。もちろん、文化遺産が誰に帰属するか、それをどこが管理するのかというような現実的な問題はありますが、本質的に人類共通の財産であると考えるべきです。過去に多くの人間が生きてきましたし、未来に生き続けます。ですから、今を生きる私たちが今残されている文化遺産を護り、過去から未来へと後世の人々に伝えていくことは義務ということができましょう(図1)。
文化遺産は常に破壊や消滅の危機にあります。その要因としていろいろなものがありますが、もっとも大きな要因は自然劣化です。あらゆるものは自然に劣化し、消滅していきます。そのため、文化遺産を護るためには努力が必要です。第2は、地震、津波、洪水などの自然災害です。自然災害による劣化も自然劣化のひとつです。第3は、人為的な要因です。本シンポジウムではとりあげていませんが、開発にともなって文化遺産が破壊されることがあります。多くの場合、文化遺産と宗教は深い関係にありますので、宗教的な理由で壊されたり改変されることもあります。また、不当経済行為、すなわち売買するために盗まれたり、ほかの目的に利用するために改変されることなどがあります。
戦争や地域紛争はその大きな原因のひとつとなっています。わが国においても、中世以前に、社寺を中心に実に多くの貴重な文化遺産が、戦いのなかで焼失しました。直接の戦闘によって破壊されることももちろんありますが、それによって引き起こされる体制の崩壊や治安の悪化、経済の混乱などによるものが少なくありません。これは現に今、イラクやアフガニスタンで起こっている問題です。体制が崩れることによって民族意識が高まり、民族的対立が激しくなり、他民族のひとつの象徴である文化遺産を意図的に破壊することが、旧ユーゴスラビアなどで現実に起こりました。また、体制の崩壊にともなって宗教的対立も先鋭化することが、旧ユーゴスラビアでもイラク、アフガニスタンでも起こっています。そして、経済的混乱が起こって不当経済行為や盗難が起こります。目的はあくまでお金です。このような状況下にある文化遺産を人類が協力して護ることは、世界の人々の財産を世界の人々の力で護り、活用していくことなのです。それをどう具体化していくのかが、本日のテーマです(図2)。