ブレインサイエンス・レビュー2013
はじめに

廣川 信隆
(公財)ブレインサイエンス振興財団 理事長

 脳科学の研究分野は、大きく分けて、1)ニューロン、グリアの分子・細胞レベルの研究、2)脳の発生・発達の研究、3)システムとしての神経回路網と行動レベルの研究、4)脳神経疾患の研究、に分かれていた。しかし近年これらの分野の垣根は、加速度的に低くなり、分野を統合するような研究が進んできている。今回のレビューをみると、まさにその感を深くする。1)に属するものとして、寺田純雄氏(pp. 123〜153)は、神経中間径フィラメントたんぱく質の細胞内動態と輸送の分子機構から神経変性疾患との関連に言及し、柴崎貢志氏(pp. 103〜122)は、メカノセンサーによる受動的軸索伸長の制御と侵害熱センサーとして知られていたTRPV2について論じ、1〜3)をつなぐものとして、桑子賢一郎氏(pp. 59〜82)は、神経回路形成をつかさどる遺伝子発現プログラムについて神経系RNA結合たんぱく質Musashi1に注目して関連した研究を紹介している。
 1)と2)を統合するものとして、尾藤晴彦氏(pp. 155〜168)は、活動依存的な遺伝子発現誘導・突起進展機構を、特にArc、CaMKK-CaMK?、CaMK?γ、CaMK?α等に焦点を当て論じ、大野孝恵氏(pp. 27〜44)は、皮質脊髄路シナプス除去の分子メカニズムについて特にNMDA受容体を中心に述べている。3)として坂本浩隆氏(pp. 83〜101)は、雄の性機能をつかさどる脳と題して、腰髄gastrin-releasing peptide(GRP)ニューロン系と脳との相互作用・機能連関を中心に、雄の性機能をつかさどる脳?脊髄神経回路系についての研究を紹介している。このカテゴリーでは、礒村宜和氏(pp. 9〜26)が、運動指令を形成する皮質内機能的回路について運動発現の仕組みを探る研究手法の確立を含め、研究の詳細について述べている。4)に属するものとしては、丸山博文氏(pp. 169〜182)が、筋委縮性側索硬化症のモデルマウスの作成と題して、新規遺伝子opineurinの同定、その変異によるモデルマウスの作成・解析について詳細に紹介され、神谷 篤氏(pp. 45〜58)は、精神疾患遺伝因子と前頭前野の発達と機能について、リスク遺伝子、DISC1研究の問題点、リスク遺伝子の動物モデル、さらには、nNOS signalingと前頭前野機能について焦点を絞り研究を紹介している。
 このように今回の総説は、いずれも分子・細胞レベルからシステム、疾患まで連関して述べられるものが多く、脳神経研究の広がりとその統合的理解を目指す研究の現状を理解するためにふさわしい読み応えのある総説がそろっており、脳科学研究のダイナミックな全貌を俯瞰するには、適した内容になっていると信ずる。