第12回「大学と科学」マグマと地球
マグマの源はマントルペリドタイトか
私が洪水玄武岩マグマに興味をもったきっかけは、インドのデカン高原に足を踏みいれたことです。デカン高原は世界でも有名な洪水玄武岩の分布地です。6,600 万年前の100 万年間という短期間に大量の玄武岩マグマが噴出した様子を目のあたりにして、1 回に地表に達したマグマの噴出量が、なぜ、これほどに大きいのかに興味を抱きました。
その頃、私は当時大学院生だった安田敦さん(現・東京大学地震研究所助手)とともに海洋地殻をつくる海嶺玄武岩(MORB ; Mid-Ocean Ridge Basalt)が、高圧でどのように融解するかを調べていました。その結果を通常マグマの源と考えられている物質、マントルペリドタイトの融解曲線と比較すると、海嶺玄武岩マグマがつくられる1 ギガパスカル付近の圧力では、マントルペリドタイトが融解し始める温度(ソリダス)より玄武岩が完全に融解する温度(リキダス)のほうが少し高くなることがわかりました。しかし、それより高圧では海嶺玄武岩が完全に融解してしまう温度でもマントルペリドタイトは融解しません(図1)。
このことが洪水玄武岩の成因を解く鍵になると私たちは考えました。大量の玄武岩マグマを地表に噴出させるためには、マントルのなかにつくられた5%から10%の融体(メルト)を集める必要があります。マントル内に分散しているメルトを短時間に集めてくることは容易なことではありません。しかし、すでにマントル内に液体のプールとしてマグマがたまっていれば、短時間で洪水玄武岩台地をつくるような大量のマグマを噴出することができます。マントル中に玄武岩の塊があり、この部分の温度が上がれば、玄武岩だけが融解してマグマのプールができます。このように考えると、マグマの起源物質はもはやペリドタイトではなく玄武岩ということになります。この考え方は、実験岩石学で超えてはならない一線を超えたのです。
それまでマグマの源は、マントルペリドタイトというほぼ一様な化学組成の物質であると考えられてきました。そのため、ペリドタイトをさまざまな圧力と温度で融解させて調べるだけで、マグマの成因に関する研究はこと足りました。ところが、玄武岩とペリドタイトの2 種類の起源物質を考えると、研究すべき起源物質の組成は幅広いものとなり、マグマの起源を実験で研究しようと思っている者にとっては、自分の首を締めることになったわけです。
洪水玄武岩とはインドやアフリカなどの大陸には、玄武岩の溶岩が累々と積み重なった広大な台地がみられます。例えば、インド大陸ではその2 割程度の面積がこのような玄武岩溶岩の台地からなり(図2)、デカン高原と呼ばれる高地を形成しています。このような玄武岩は、台地状の地形を形成することから台地玄武岩とも呼ばれますが、最近では洪水玄武岩と呼ばれることが多くなっています。それは、ほとんど傾斜のない、厚さ数十m 程度の溶岩がきわめて広い面積に分布しているため、マグマが洪水のように地表を覆った様子を想起させるからです。(以下本文へ)