第12回「大学と科学」固体の分子も動き、化学反応を起こす−溶媒を使わない合成法や新しい材料を開発する−
ここでは、このミクロな光誘起構造転移と、それが表面の濡れ性というマクロな物性変化として現れる現象について解説することにします。
結晶表面の分子はよく動く一般的に、結晶の反応性は低く、光を照射しても光化学反応が起こるのは稀です。ところが、結晶表面の構造は意外と動いています。今までは観察する方法がなかったため、それに気づかなかっただけです。最近、トンネル走査顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)、SNOM などが開発され、結晶表面の構造が変化していることが明らかになってきました。
バルクでは、粒子間の相互作用が強いので構造変化をともなう、光反応はなかなか起こりませんが、結晶表面の構成粒子は比較的容易に変化することができます(図1)。
例えば、有機物であるチオインジゴ分子にはトランス体とシス体があり、溶液中のトランス体に540nm の光を照射するとシス体になり、そのシス体に480nm の光を照射するとトランス体に戻ります(図2)。この反応が起こると溶液の色が急激に変化するため、肉眼でも反応を確認することができます(図3)。しかし、この分子の単結晶に光を照射しても、ほとんど何も起きません。
この光反応は分子の大きな構造変化をともなうため、結晶では反応が起こりにくいことはある意味では当然のことです。しかし、結晶表面から第2 層ぐらいまでの分子は反応しているのではないかと考え、AFM を用いて摩擦力モード(FFM)で観察してみました(図4)。
結晶に540nm の光を照射すると、図4b のような構造になり、それに480nm の光を照射するともとに戻ります(図4c)。この反応は可逆的ですが、それがトランス・シス体になっているかどうかは不明です。しかし、分子間の相互作用がそれほど強くないため、光を照射すると、何層までかはわかりませんが、普通の溶液中の反応と同じように自由度があって変化しているのです。
C60 フラーレンの構造変化
C60 の単結晶をつくるには2 つの最密充填法が考えられます。ひとつはfcc といわれる方法で、丸い分子を並べて、分子間に上の分子をのせるものです。その上の分子は下とは違った隙間にのり、ABC ・ABC 構造をとります。
もうひとつは、2 番目まではfcc と同じですが、3 番目は一番下と同じ位置にのり、AB ・AB 構造をとるhcp 法です。
C60 は丸い分子であるため、fcc とhcp との間にはエネルギー差はほとんどありませんが、fcc のほうが少し安定です。C60 できれいな単結晶をつくってX 線回折などで調べるとfcc構造をとっており、このことからCoo を最密充填させると完全なfcc 構造をとることがわかります。その単結晶(111)面をAFM で観察してみました。(以下本文へ)