第16回「大学と科学」失われた反世界−素粒子物理学で探る
実験物理─素粒子世界≠反素粒子世界を証明した!
相原 博昭
東京大学大学院理学系研究科助教授
反世界と反素粒子水素原子は、電子と陽子からできています。水素原子より原子番号の大きな原子は、電子と原子核からできています。その原子核は陽子と中性子からできています。電子はマイナス、陽子はプラスの電気を帯びた粒子ですが、プラスの電気を帯びた陽電子とマイナスの電気を帯びた反陽子が存在します。これらを反粒子と呼びます。電気あるいは電荷の符号が反対という意味です。
中性子というのは、電気的に中性な粒子ですが、この中性子にも反中性子という反粒子が存在します。じつは、中性子や陽子は、クォークと呼ばれる素粒子(物質を構成する最小要素)からできていて、反中性子や反陽子はクォークと逆の符号の電気をもつ反クォークからできているのです。
現在、もっとも有力な宇宙論であるビッグバン宇宙論によれば、宇宙のはじまりはエネルギーでした。そのエネルギーからクォークが生まれ、そのクォークが集まって反素粒子と素粒子の違いをみる陽子や中性子ができ、それらが集まって原子核となり、さらにこの原子核と電子が結合して原子ができ、宇宙をつくる材料となったとされています。つまり、宇宙はクォークや電子といった素粒子からできあがっているのです。
ところで、エネルギーというのは電気的に中性な状態ですから、そこから現在のような宇宙ができてくる途中では、素粒子とそれと反対の電気を帯びた反素粒子が同じ数だけできたはずです。したがって、世の中のすべての力が素粒子と反素粒子に対して同じように働くのであれば、反陽子、反中性子それに陽電子からできた反原子が存在し、さらに反原子からできた反物質、はては反宇宙が存在してもよいはずです。しかし、反宇宙の存在する証拠はなく、宇宙は物質、つまり素粒子でできていることがわかっています。とすれば、素粒子と反素粒子に働く力には違いがあって、その結果、反素粒子でできた反宇宙が存在しないのではないでしょうか。その違いを見つけ、さらに違いの理由をはっきりさせれば、宇宙の生い立ちを知る手がかりになるのではないでしょうか。これが私どもの実験の動機です。では、どうしたら、その違いを見つけられるでしょうか。
そのためには、宇宙のはじまりを実験室で再現する必要があります。そして、それを可能にするのが加速器という巨大な装置です。素粒子の対称性とは物質を構成する最小単位であるクォークは、6種類あります。アップクォーク(uクォーク)ダウンクォーク(dクォーク)チャームクォーク(cクォーク)ストレンジクォーク(sクォーク)トップクォーク(tクォーク)ボトムクォーク(bクォーク)これらのクォーク間にいろいろな力が働いていますが、そのような力は「力の粒子」を介して交換されています。そして、6種類のクォークの重さは多様性に富んでおり、軽いものから重いものまでさまざまです。bクォークの質量は、水素原子の5倍ほどです。最後(1995年)に発見されたt クォークは水素原子175 個分の重さです。なぜ、そんなに重いのかその理由はわかっていません。(以下本文へ)