第16回「大学と科学」光とナノテクノロジー
光が拓くナノの世界
河田 聡
大阪大学大学院工学研究科教授
はじめに、なぜ光でナノテクノロジーなのか、どうやって光でナノテクノロジーを実現するのかを説明して、その後、私たちが進めてきたフォトンのトンネリングによるナノテクノロジーと、複数のフォトンがする仕事について紹介します。
なぜ、光でナノなのか
会場をみわたすと年配の方も多くおられるようで釈迦に説法ですが、私が育った戦後の日本が世界を先導することができたのは、ひとつは精密機械産業において日本がたいへん進んでいたためです。戦後、外国で高い評価をうけた日本製品は、精密機械だろうと思います。カメラや時計、ラジオ、テレビ、録音機……日本が開発した小さな精密機械はいろいろあります。日本人は精密で微細なものを開発してきました。では、21世紀の日本はどこに移っていくべきでしょうか。ミニチュア、マイクロ技術の次元をさらに下げると、ナノテクノロジーになります。日本人が得意とする精密機械分野で、その発展形態として、われわれ日本人はナノの世界にはいっていくことになると考えています。もうひとつ日本が世界に誇れるテクノロジ基調講演ーとして、光学技術があります。カメラ、顕微鏡、光ディスク、光通信、レーザー加工などがあげられます。この日本の特異な光学技術を、どう21 世紀につなげていくかが課題です。世界に信頼され日本人が得意とする2つの分野、つまりナノテクノロジーと光学技術を融合させたところに、21 世紀の日本のサイエンスとテクノロジーを切り拓く種があると考えています。これが、本シンポジウムのタイトル「光とナノテクノロジー」に表される意味です。
フォトンでナノの世界を拓く
私たちのプロジェクトで進められてきたことをあわせて考えると、フォトンでナノの世界を拓くということは、次のようなテーマを開拓することになります。
(1)フォトンで原子を操る微細加工(2)フォトンで分子を1個ずつみて読む(分析する)顕微鏡(3)フォトンで塩基を読んで操作する遺伝子工学(4)フォトンで細胞内蛋白質を操る細胞工学(5)フォトンで評価する量子線・量子ドット(6)フォトンで書いて読む超高記録密度メモリ(7)フォトンで刻んで動かすナノ集積回路といったことです。これらのことを電子ビームでやろうと思うと、その装置の内部を真空にしなければなりません。電子ビームのブラウン管テレビからフォトン制御の液晶テレビになって、真空管のブラウン管はいらなくなりました。光でナノのサイズを制御できるようになれば、量子効果やメゾ効果、サイズ効果などを光でつくることもできるようになるのです。
これらはとても大きな夢ですが、本質的な問題がひとつあります。フォトンはエネルギーが低いため生体に優しいし、ダメージが少なく、いろいろなものを加工したり読んだりすることができますが、波長が長いことが問題です。光をどう絞り込んでも、スポットが波長の長さに広がります(図1)。回折という現象です。光の波長の半分までしか絞れないということが、これまでの常識でした。(以下本文へ)