第17回「大学と科学」21世紀を拓く水素の世界−新しい材料とクリーンエネルギー
はじめに
 20世紀は生産活動を生活拠点とする「経済の世紀」でしたが、これからわれわれの目指す21世紀は「環境重視の世界」です。このためには化石燃料を太陽、地熱、風力、水素などのクリーンな再生可能なエネルギーで代替していくことが重要です。特に水素は、ほとんど無限に存在すると考えられる水が原料であり、クリーンな究極のエネルギー源として期待されています。これまで、材料科学における水素は、鉄鋼の水素脆性に代表されるように、害のあるやっかいものの元素としての位置づけでした。
 これから頻繁に水素を利用する立場から水素の機能を理解する必要があり、特に、どんなよい効果をもたらすかを調べ、将来おおいに活用することが重要です。このシンポジウムでは、私ども日本の研究者がいかに材料における水素の有効な機能を開拓してきたかについて、基本から応用まで紹介します。

水素の基礎的性質

 原子番号1、原子量1.00797の水素は、地球上では9番目に多く存在しています。語源は、英語の「hydrogen」は、hydro(水)とgen(生ずる)とからなる、水の素に由来しています。ギリシア語では、水中に棲んでいた巨大な蛇のことを「ハイドロ」と呼び、水を意味します。そこで、1787年にラボアジェがフランス語で、水の素ということで「hydrogen(水素)」と命名しました。
 水素の重さは空気の4分の1で、もっとも軽い気体です。熱伝導度は空気の7倍、比熱は空気の14倍と大きいため、多くの熱を伝えるのに便利です。熱伝導度が高く比熱が大きいことから、冷暖房用の媒体になることがわかります。
 また、水素ガスの拡散速度が大きいことも特徴のひとつです。金属中の水素原子でも同じですが、あっという間に拡散します。また、普通は気体ですが、−253℃以下で液体や固体になります。さらに、水素はよく危ないといわれるように、空気を4〜75%混ぜると爆発します。発火エネルギーが小さくて着火しやすいためです。いったん燃えると、火炎速度が速く、メタンの3倍の拡散速度で広がります。しかし、水素の比重は14分の1と空気より軽いため、野外や窓を開放したオープンスペースでは安全です。締め切った狭い空間では少し危険ですが、解放空間であれば安全です。実際に、水素とメタン、ガソリンで比較すると、水素の爆発範囲は広くなっています(表1)。また、メタンやガソリンに比べて10分の1のエネルギーで発火します。水素の燃焼速度も、メタンやガソリンに比べて10倍も速く、拡散も速くなっています。そのため、なるべくオープンスペースを確保しておくことが重要です。