脳を知る・創る・守る・育む 14−脳の世紀20年
開会挨拶
NPO法人脳の世紀推進会議理事長 伊藤 正男

本日は第二十回「脳の世紀」シンポジウムに大勢の方々のご参加をいただき、主催者として大変うれしいことでございます。
二十年と簡単にいいますが大変長い年月です。普通は十年ほど先をみながら進むのですが、脳の世紀運動がはじまったころは十年先ではまだなにも解決しないだろうという予想で、二十年を一つの区切りとして案をたてていました。いわゆるロードマップをつくったわけです。それについては、当時事務局長を務めておられた外山先生から詳しいお話があると思いますのでご期待ください。
脳の世紀シンポジウムがはじまったそもそもの契機は、ちょうど二十年前、アメリカで「脳の十年」という膨大な研究費を投入する研究計画が進みはじめたのと対応して、日本では「脳の世紀」、「脳の時代」というかたちで進めようという大きな機運が起こったことです。大きな研究には研究費がかかります。当時の新聞の切り抜きが今でもありますが、「毎年百億円投入して十年、一千億円の巨大プロジェクト、脳の研究がいよいよスタート」といった記事が新聞の一面にでました。実際には一千億円ではすみませんでした。累積すると、じつに大きな資金になるわけです。そのような巨額の投資をいただいて研究を進める側からみますと、やはり研究の結果をできるだけ早く、有効なかたちで社会に還元しなければならないという気持ちが非常に強くなります。そこで、毎年一回、このように皆様にお集まりいただく公開シンポジウムのかたちで皆様に、どんどん進んでいく研究の進行状況をご報告する場を設けることにしたのです。大きな成果がでるまでにはある程度の時間がかかるとしても、時々刻々進行している研究の様子を皆様にプログレスレポートのかたちでご報告するという趣旨ではじまった会です。もちろん、研究者が勉強するという意味もあり、毎回一人、二人の特別講演を、脳に関係のある社会的、その他諸々の人間社会にかかわることについて優れた見識をお持ちの講師をお呼びしてお話をお伺いすることにしています。今年は外山先生のあとに玄侑宗久先生のお話がありますのでご期待ください。

二十年たって脳研究の様相が大きくかわってきました。研究をしている人たちの顔ぶれがどんどん若くなってきています。私などがわからない若い研究者の方がいくらでもいるようになってきました。どんどん若い世代に松明を受け継いでもらって、これまでになかった新しいエネルギーをつぎこんで進めていかなければならない研究分野です。このようなわけで、今年は、成果というよりはむしろ今後二十年間、何を期待するかということに重点をおいて、比較的若手の方々に登場していただくことを企画しました。是非ご期待いただきたいわけです。

毎回一言だけ申し上げているのですが、現状での脳科学の研究全体を見渡してみます。一般的にいって、研究の進歩には二つの側面があります。技術革新と発見です。技術がないとなにもできません。新しい技術を使って発見が起こります。その発見をもとに、理論あるいはモデルを使った研究に進みます。新しい技術が生まれると、その技術を使って新しい発見がどーっとでてきます。また新しい仮説も誕生して、仮説誘導的な研究がさかんになります。それが進むと、今度は、タネが切れてきて、また新しい技術が求められるようになり、そちらのほうに力がかかるようになります。
ドイツの哲学者カール・ポッパーが、「文明は泥沼のなかを手探りでわたっている人間のようなものだ。まず技術という片足を踏み出して探る。それからその足に重点をおいて、次に発見、仮説という軸に力がいく。これを交互に繰り返しながら泥沼をわたっていくのが文明のそもそもの姿である」といっています。まさにそうです。ここ数年間、技術革新に非常に力がはいっています。世界中が脳を研究するための新技術の開発に夢中になっています。そういう一つの大きな曲がり角の時期です。
その一方で、発明とか仮説という面は、ちょっと手が抜かれているという感じがする時期でもあります。新しい技術が生まれ、それをもって新しいアプローチが成功すれば、また新しい発見がどんどん生まれてくるのではないかという感じのする昨今です。
そのようなわけですので、皆様どうぞ今後ともこの脳科学の進展、若い世代のこれからの活躍におおいにご支援を賜りたいとお願いしまして、ご挨拶といたします。本日はようこそおいでいただきました。