アフロ・ユーラシアの考古植物学
序 文

細谷 葵(お茶の水女子大学)

 植物考古学における近年の国際化と多様化には、めざましいものがある。
 考古遺跡から出土する植物遺体を、いわゆる自然遺物としてではなく、人間活動の痕跡、すなわち「人工遺物」のひとつとして解釈し、人が利用していた植物のリストアップにとどまらず、人のさまざまな活動の姿や精神世界までも復元しようという、考古学の視点による考古学のための「植物考古学」は、長らく北ヨーロッパが主流だった。代表的な国際植物考古学会である「International Working Group for Palaeoethnobotany」に筆者が初めて参加した1995年には、アジア人参加者は筆者一人だけだったことが、強烈に記憶に残っている。
 それから20年余を経て、植物考古学界の様相は大きく変わった。東アジアをはじめ、これまで組織的な植物考古学が適用されなかった地域を対象とした新しい植物考古学研究が、さかんに発表されるようになった。またその分析方法も、従来の大型遺存体の形態分析や花粉分析、プラント・オパール分析のみならず、本書でも紹介されているような、炭素・窒素安定同位体比分析、レプリカ法(土器圧痕分析)、残存デンプン粒分析などの多岐にわたる分析法が活用され、植物考古学の地平は飛躍的に広がった。
 そんな現在、もっとも必要とされているのは、研究者同士の有機的な意見・情報交換の場であろう。それは、多様な植物考古学の技術を持つ研究者が、ただ集まるだけで簡単に満たされるものではない。分析手法が細分化、専門化すればするほど、だしたデータを見せあうだけではコミュニケーションはできない。それぞれの研究者が、自身のデータに基づいて、考古学の究極の目的である「過去の人間社会像」をしっかりと描き出すこと、そして、誰もがその同じステージに立ったうえで、異なる分析手法から描かれた社会像を統合すべく議論する、という視点が必須となってくるのだ。すなわち、ひと昔前のように「分析屋」ですますことなく、各人がデータの「解釈」に真摯に取り組まねばならない。そのためには、自ら、民族考古学・実験考古学といった、データの解釈のために有用な研究手法をさまざまに工夫しながら取り入れることが求められるとともに、国際的に広く事例を比較研究することが欠かせないものとなろう。
 国際シンポジウム「Afro-Eurasian Archaeobotany: New perspectives, new approaches」、そしてそれを基にした本書では、イギリス、アメリカ、カナダ、中国、日本(研究フィールドはさらにアフリカ、東南アジア、東ヨーロッパ)と国籍も多様、かつ、研究手法もそれぞれ異なる植物考古学研究者が、環境利用、生業活動といった過去の社会復元にかかわる共通のテーマについて、意見をだしあい、議論を戦わせている。まさに、新しい時代の植物考古学があるべき姿を、体現できたといえよう。本書の刊行が、多くの研究者にとって刺激となり、日本の植物考古学の活性化に貢献できることを願ってやまない。